アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「報われない」と思ったときの考え方

アラフォー童貞のODです。

 

頑張っているのに、報われないと思うことはないでしょうか?

努力しているのに、成果がなかなか出なくて虚しくなることはないでしょうか?

 

学校の授業を真面目に聞いても、通学中に英単語カードを見ていても、下校時間まで図書館で毎日勉強していても、高得点がとれるとは限りません。

何日もかけてようやく完成した企画書を、上司にあっさり却下されることもあります。

子供のころから練習してきたスポーツで、経験が浅い選手に負けることもあります。

 

残酷な話ですが、頑張ったり、努力したり、長く続けていても、必ずそれ相応の結果、評価、成果が得られるとは限りません。 

 

お断りしておくと、努力や経験が無駄だという話ではなく、結果や評価、成果にばかり目を向けていると、それらが得られない場合にとても苦しむということです。

 

では、どうすれば「報われない」とか「虚しい」という苦しみから、解放されるにはどうしたら良いでしょうか?

 

逆説的な話になりますが、

 

「報われたい」と思わないこと

「頑張れば報われる」と思わないこと

 

という認識をもってみるのです。

 

現代は「●●をすれば、簡単に△△という結果が出る」という広告が氾濫しています。「1時間でわかる○○講座」などといったビジネス本や知識本もたくさんあります。

それに対して、何かしらの課題や希望をもっている人が飛びつき、簡単に成果や結果を得ようとします。こういった広告や書籍が氾濫しているということは、世の中の多くの人が、何かしらの努力をもって、目に見える形の成果や結果を得たいという証明ではないでしょうか?

 

しかし、

「頑張って報われたい」「報われたいから努力する」

「頑張れば成果が出る」「努力すれば必ず結果が出る」

 

・・・こんなことばかり考えながら頑張っていると、しんどくなってきます。

 

お恥ずかしい話ですが、私はオナ禁や自分磨きをしていれば、片思いの同僚シンママと何かのタイミングでエッチができると思っていました。そのモチベーションでAVやエロ漫画を全て捨てて禁欲を継続して5ヶ月経ちましたが・・・特に男女の意味での親密性はありません。

せいぜい、少し雑談で盛り上がれる同僚レベルです。

 

オナ禁していると、2〜3ヶ月くらいまでは「いつまで、禁欲していればいいのか」「いつになったら●●さん(同僚シンママ)とエッチできるんだろう」などと、頑張っても報われない苦しみや焦燥感に定期的に襲われていました。

 

しかし、ある一定の時期を過ぎると、同僚シンママとエッチするとかしないとか、どうでもいいという心境になりました。「この恋が報われなかったら、どうしよう」とか「エッチできないまま、●●さんが他の男とエッチしていたら落ち込む」なんて思ってもしかたない、と気づいたのです。

 

自分の頑張りの先に成果は「可能性」としてつながっていますが、「自分の頑張りや努力 = 結果や成果」という図式にはならないのです。

 

それよりも、その過程で得られた知識や技術、経験、人との繋がりのほうが貴重ではないでしょうか?

 

最近の私は、当初のオナ禁の目的から逸脱していますが継続しています。「我慢汁も禁止」と思っていた自分が「まあ、どこかで射精しても構わない」というスタンスに変わっています。

片思いの同僚シンママへの思いも、前述しているとおり、エッチしたいという感情はあまりありません。それよりも、なんとかキモくないコミュニケーションを見直していく過程で、今では「おしゃべりするのが楽しい相手」くらいの認識です。

そこに対して、おしゃべりできるくらいの関係になったのだから、その先の男女関係までつながるとかまでは考えていません。

 

成果も大切ですが、それに固執しすぎるとしんどくなるので、いっそ手放してしまえばいいのでは? という話でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。