アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

結局、オナ禁をやめることの弊害は何なのか?

アラフォー童貞のODです。

 

 

大変自慢ではなく、先月からほとんど休みのない中で自制心と忍耐力が低下しているコンディションで、今日は連休明けの同僚シンママと久々に顔を合わせてたことで、ムラムラが急激に湧き上がりました。

いつも以上に彼女の匂いや体つきに敏感に反応してしまい、ちょっと仕事の話をしただけでムラムラし、我慢汁が出やすい状態でした。

 

集中すべきことは遂行していったのですが、業務終了後にも欲情は収束せず、「あー、●●さん(同僚シンママ)の私物でシコって、射精しようかな」とオナ禁を始める半年以上前のオナ猿の思考にもなりました。

連休明けで業務がたくさんある同僚シンママのデスク周りには、整理整頓されて帰宅したとはいえ、いつもよりも彼女が身につけていた私物が置いていました。近寄ると彼女の良い匂いも漂ってきます。オカズするにはうってつけです。何発でも抜けるでしょう。

 

実はこういったことは幾度となくあります。オナ禁していても、私の場合はムラムラはしてしまうことはあります。片思いの同僚シンママに欲情する要素がたくさんありますし・・・。

 

しかし、シコって射精しようかとその都度思っても、何かがひっかかるのです。

 

長期的でも短期的でも、オナ禁をすることのメリットというのは、さまざまな禁欲ブログなどで紹介されています。「3日が経過すると肌質や目覚めが良くなった」「1ヶ月もするとモテ始めた」「3ヶ月くらいでスーパーサイヤ人効果」などといった具合です。

 

しかし、そのような人が意図的でもうっかりでも、シコって射精したらその後どうなったか、という記事というのはあまり見かけません。

例えば、「だるい」「眠気や疲労」「肌質が悪くなった」といったことは書いているのですが、「モテなくなった」「女性が寄らなくなった」「仕事で成果が出なくなった」といった、オナ禁をやめた先の、さらに先のレビューを目につきません。

 

疲れたというならば、仕事や運動でくたくたになるまで披露するのは誰でもありますし、ストレスで肌質が悪くなるのは、オナ禁をしている私でも時々あります。モテとか女性からの好意とかは、半年以上のオナ禁していても実感したことがないので執着はありません。

 

もちろん、すべてのオナ禁のブログに目を通しているわけではないので、実際はわかりません。もしかしたら、オナ禁中に射精してしまったことで、失敗や後悔、挫折感などから、ブログなどを継続するのをやめただけかもしれません。

 

 

筋トレをしてきた人がまったく運動をしなくなると筋力が落ちたり、ダイエットしてきた人がその後に糖分や脂質ばかりをとったら太るというのは自明の理です。誰でもわかります。

 

しかし、オナ禁というのは習慣にしても、効果というのは個人の実感によってしまうので、数字やスコアで定量化しにくいことがあります。

シコって射精することばかりしているのは、時間とエネルギーの浪費であることはわかりますが、禁欲を続けてきた人が、あるときシコって射精したとき、「失敗」「挫折」「自己否定」ばかりで、そこから誰もがわかるマイナスポイントというのは共通化しにくいのです。

 

じゃあ、この記事を書いているあなたがやってみて、レビューすればいいじゃないと思われるかもしれません。

 

おっしゃるとおりです。

そう思って、オナ禁中にシコって射精しようと思ったことは何度もあります。

 

しかし、興味本位で射精しようとしたところで、興奮が沈静化してしまい、中断せざるを得ないことで終わってしまうのです。もしかしたら、これもオナ禁の作用のひとつかもしれません。

 

そのため、現時点において、長期的にオナ禁を続けていた男が、シコって射精したらどうなるのかは不明ですが、ある程度の考察はできます。

 

わかることは、それまで培ってきたことは「失われない」ということです。

例えば、読書によって得られた知識や考え方、筋トレや運動によってえられた肉体や柔軟性、周囲との関わり方などは、よほどのことがない限りはしばらく定着するでしょう。

 

マイナスポイントを予測するとしたら、オナ禁そのもの、そしてオナ禁をしている間に行なってきた習慣を継続する力は弱まるかもしれない、ということです。

なぜならば、性的な快楽というのは、気軽なうえに刺激的で脳が欲しやすいものです。そのため、自分にとって成長できる習慣をしようとするときに、性欲を満たそうとうする指令が出ることで、足をひっぱることが考えられます。

 

以上のことから、オナ禁をやめるとか、シコって射精することそのものが悪いという視点ではなく、それにより脳が快楽なほうばかり選択することが弊害ではないか? というのが現時点での考察となります。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。