アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

予測することを少しやめてみる

アラフォー童貞のODです。

 

私たちは、これから起こることを予測しながら生きています。そして、それに対して必要に応じて備えをするものです。例えば、空模様を見て「雨が降りそうだな」とか「いつもより早めに家を出よう」とかいった具合です。

 

これから起こるだろうことを予測しながら生活をするのは、普通のことです。予測ができていないということは、常に想定外のトラブルに見舞われているのと同じ状態です。それは常に備えができていないという話なので、準備不足と同義と言えます。

これまで経験をしてきたことならば尚更、準備をしないと痛い目を見ることを知っていますし、不安にさいなまれることも理解しているので、予測をして備えるということを本能的に行うのです。

 

しかし、日常においてたくさんの予測をしていると、当然ですが、予測が外れて備えも無駄になることだってあります。そうなると、「何故、そうならなかったんだ」とか「おかしい、なんかうまくいかない」と不快指数が上昇してしまいます。

それに拍車をかけるように、目まぐるしく変化する現代において、私たちはたくさんの予測と備えをしなけばなりません。さらに数多の情報が自動的に入ってくるツールがたくさんあるため、予測の軌道修正を余儀なくされる場面もたくさんあります。

 

これからの備えのために予測を立てているけれど、現代においては予測をする回数がどんどん増えているように思います。それも、予測を立てる必要もないことに対しても不安を解消するために、他者とのギャップを埋めるために、常に備えをしておいてはならないという強迫観念に襲われているようにも見えます。

 

そんな現代においては、「予測をすることをやめる」ということがあっても良いのかもしれません。

 

予測をするということは、不安解消であるとともに期待値を上げるということでもあります。だから、予測が外れたときにがっかりしたり、備えが無駄になると思うのです。

 

例えば、去年くらいの私は、特に女性と会話をする機会やタイミングがあると分かると、「○○さんと同じ部屋で仕事をするから、この話題を言おう」とか「(片思い相手の)✕✕さんが好きそうな話をすると、きっとこう応答があるだろう」というように、前日からあれこれとシミュレーションをしていました。

その結果は無残なもので、決まった話題を振ったとしても反応が芳しくなかったり、返ってきた反応が予想外のものだったりすると、それ以上の返しができずにその後に一人で落ちこんでいました。

今でこそ会話が得意というわけではありませんが、話す内容を決め打ちせずに、相手の話や相手の言いたいことに耳を傾けながら会話を組み立てていったほうが、気後れせずにコミュニケーションが成立できることが分かっています。

 

また、もう1つコミュニケーションを例にしてあげると、相手が振ってきた話題に対して自分も知っている内容だと、相手が話そうとするのを遮って、「それ知ってるー!」とまくし立ててしゃべる人も同様です。相手が言いたいことを予測してしまったがために、相手のバトンを奪ってしまい、最終的に自分はしゃべって気持ちよいけれど、話題を振ってきた相手は不完全燃焼で不快に終わることになります。

 

最後の例としては、エンターテイメントを楽しむときです。現代はネットで個人の意見んを簡単に言える時代です。漫画の展開を見て「伏線」「謎」と言ったものに対して色々な視点や考えを言い合うことができます。

しかし、いざ物語が進み、ネットに書いていた予測どおりの展開になったとして、「すげー、予測したとおりじゃん」と思うでしょうか? むしろ、「考察を知らなかったほうが楽しめたのに・・・」と思ったことはないでしょうか?

確かに個人で予測しながらワクワクしながら楽しめますが、予測をしないで頭を空っぽにしてドキドキしながらコミックのページをめくったほうが、純粋にエンターテイメントや娯楽を楽しめるということもあります。

どちらが良いかという話ではありませんが、頭を使いすぎると、いざ感動できる場面になったときに感動するエネルギーが少なくなってしまいます。純粋に楽しむためにも、意図的に予測することをストップして、楽しむことに集中することも大切です。

 

このように、予測は備えのために必要なことは確かでありますが、その一方で現代においては予測し続けるには際限がありません。そのため、予測するのは「生活すること」の最低限にとどめて、人との会話やエンターテイメントといった「楽しむ」ことは予測することを少しやめてみてはいかがでしょう。

 

それだけで、日常生活は少しは気楽になると思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。