アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

過去の自分に戻れても、たぶん結果は変わらない【後悔は無駄】

アラフォー童貞のODです。

 

自分の失敗や予期せぬ出来事に対して、「あーすればよかった」「今の自分ならこう判断するのに」と思うことは誰しもあります。これは昔を懐かしんで「あの頃は良かった」ということではなく、いわゆる後悔といった一定の時間経過した出来事に対して振り返って考えることです。

 

しかし、これってよく考えると、状況を知っていることに対しての話であって、かつ今の自分の考え方やスキルをもってすれば未来が変わっていたかも・・・ということでしょう。例えるならば、ロールプレイングゲームにおける公式チート、「強くてニューゲーム」によって、当時は困難だったことを容易にクリアしたいという気持ちと同じです。

 

とはいえ、現実世界においては類似の状況はあっても、まったく同じ状況というのは決してありません。場所・時間・季節・その場にいた人々、そして自分・・・すべてがその時と同じということはありません。もはや、「あのとき、ああすれば良かった」と後悔したときと同じシチュエーションに遭遇するには、それこそ過去に戻るしかありません。

 

たしかにフィクションの物語において、主人公が記憶は現代のままに、過去の自分がいた場面に戻るといった展開があります。それこそ物語なので、ただ元の時代に戻るわけではなく、意図的でもそうでなくても、何かしらの目的があって過去に戻り、主人公が当時の肉体と現代の頭脳やスキルをもって、事件を食い止めたり、未来を変えるために奮闘するストーリーになるはずです。

 

さて、いざ自分がそうなったらどうでしょう?

 

例えば、「うっかり発言により友達を怒らせてしまい、絶交した」とか「自分が指示した仕事で失敗した部下が、気を病んで退職してしまった」とか色々な後悔エピソードがあったとします。

 

それに対して、その時の当時に戻ったとしましょう。友達と雑談に興じている最中、楽しくなっているうちに、うっかり発言しそうになったことに気づいて、ぐっとこらえたとします。より絶交フラグを避けるため、用事を思い出したといって、雑談の場から抜け出すのもアリです。

自分の部下の失敗を避けるにあたり、綿密に打ち合わせを重ねたり、自分もよりサポート役にまわって成功率を上げたり、失敗したとしても仕方ないくらいお互い協力し合えたとします。

 

それぞれ、ここまでやれば、過去にしでかした失敗やバッドシナリオに向かうことは、ある程度は回避されるはずです・・・・・・その場においては、ですが。

 

というのが、仮にその状態で現代に戻ったとします。しかし、そう大して結果は変わることはないと思います。これは別にタイムリープやループものの展開の1つである「過去を何度やり直しても、同じ結果になってしまう」ということを言いたいわけではありません。

 

その場では良くない展開をギリギリ回避したとしても、その後にきっと同様の展開が待ち受けていると言いたいのです。例えば、友達との雑談中にうっかり発言をこらえたとしても、別の時に気が緩んでうっかり発言をしてしまう可能性だってあります。しかも、その発言でキレたわけではなく、おそらくその時までの発言やコミュニケーションの積み重ねで堪忍袋の緒が切れちゃったのだと思います。一時の発言で絶交になるくらいならば、はじめから相性は良くないはずです。

 

また、部下の失敗だって同様です。失敗という点において責任をもつかどうかはさておき、仕事も含めて人生は失敗だらけであり、失敗をもってたまに成功するのです。その繰り返しです。失敗したら「次どうするか」が大切なのであって、一時の失敗により気を病むならば、仕事自体が合わないか、どの仕事においても同じ姿勢になることは予想ができます。個人的な考えですが、どんなに上司や周囲がサポートをしても、ヘこむ人はへこむものですし、気に病んだまま引きずる人も少なくありません。正直言って、このような人に対してのフォローというのは、時間がかかります。

 

少し話は変わりまして、この手の話を考えているうちに気になるのが、仮に過去の自分の出来事を変えたからといって、自分の記憶も改変されるのか? ということです。過去の出来事を変えて、仮に未来が変わったあとに後悔したとうネガティブな記憶も消失するならば良いのかもしれせん。・・・しかし、おそらく未来を変えたあとでも、そもそもの失敗や後悔した出来事は覚えているのでしょう。

フィクションの物語においても、主人公が改変前のことを覚えているからロマンチックなのであって、完全に忘れてしまったとしたら視聴者や読者のなかにはモヤモヤする人もいると思います。まぁ、その辺は演出や展開によるのでどちらでも良いといえば、どうでもいいのですが・・・とりあえずここでは、その場の出来事を改変した後も自分の記憶はそのままだったという体で進めます。

 

・・・と、ここまでの話をまとめると、過去の出来事に対して「ああすれば良かった」「今の自分なら、こうする」とか思うのは無駄であるという結論になってしまいます。なぜならば、その場の出来事を改変したところで、いきつく未来は一緒なのだとしたら、過去に戻ってまで改変するという労力そのものも無駄であるという話になります。

 

つまり、失敗などに対して後悔すること自体も無駄である、という結論にもなるということです。「ああすれば良かった」と、改変された未来に思いを馳せるということ自体は妄想であり、ネットでダラダラと動画を見ているのと同じくらいの時間の浪費であるということなのです。

 

というわけで、過去の栄光に浸るのもよろしくないとは言いますが、同様に過去の失敗や後悔した出来事に対して、今の自分なら・・・と考えることもまた、同じくらいよろしくないのでは、というお話でした。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。