アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

相手を信じるなら、だまされても仕方ないと思えるくらいの「責任」をもつ

アラフォー童貞のODです。

 

詐欺事件のニュースを見ると、加害者への憤りと被害者への哀れみを感じるものです。

 

「だまされる側も悪い」というフレーズを聞きますが、個人的にはそれは違うと思います。詐欺師といった、悪意をもって意図的にだます側が悪いに決まっています。だますという行為をしなければ、だまされる側も生まれないのですから・・・。

 

しかし、「だまされる側には責任はある」とは思います。

何に対する責任かと言いますと、「相手を信じた責任」です。

 

詐欺というのは劇場型など込み入った手口を用いているものの、巧みな流れをもって、急激に信頼関係を構築してくるのです。その一時的かつ偽物の信頼関係に飲まれて、「今、自分が対話している人は信じられる人だ」と思い込んでしまった結果として、だまされるということにつながります。

 

しかし、こういったことは詐欺といった悪意をもった相手から搾取される、という話だけではありません。日常生活においては、結構当たり前に繰り広げられている話です。

 

営業マンでも電気屋の販売員でも、レストランのウェイターであっても、セールストークや心理学的なテクニックを用いて、一時的な信頼関係を構築することでビジネスチャンスをつかむ人は一定数います。

結果として意図的に顧客を誘導して利益を得るという点だけ見れば、詐欺と同じになってしまいますが、顧客ニーズに合わせ、しかるべき商品やサービスの知識をもったうえで提案や紹介し、そのうえで信頼関係を構築するテクニックを用いているため、商品やサービスにお金を払った顧客は、決してだまされたとは思わないものです。

(このあたりは、心理学的なテクニックとして「返報性」「好意」「類似性」など、色々な話がありますが、本記事では割愛させていただきます)

このようなセールスとしてのテクニックならば、売り手と買い手という関係性が成立していますし、実際に食い違いがあっても商売ですのでそういうこともあります。法的にもクーリングオフといった制度もありますし、商品やサービスを売っている会社やお店というバックボーンもあるので、仮に営業マンや販売店の信じて購入したとしても、それを信じたという事に対して、お互いの責任は認識しやすいものです。

 

しかし、別な角度から「相手を信じた責任」を検証すると、なかなか面倒なこともあります。例えば、普段はキチっとした格好をしている男性が、自宅にいるとトランクス一枚でだらだらお酒を飲んでいる姿を、その男性に憧れていた女性が目撃したとします。

または、清楚っぽい雰囲気の女子大生に一目ぼれした男性がいたとして、あいさつするたびにドキドキしていたのに、あるとき男友達らしきグループ内でタバコをふかしながら、ゲラゲラ笑っているのを目撃したとします。きっと、それぞれに対して幻滅したり、裏切られたように感じることだって思うはずです。あまりのショックに夜も眠れないかもしれません。

しかし・・・です。信じていたのは憧れを抱いていた当人たちの話であって、普段はキチっとしている人だって自宅ではダラダラしたいでしょうし、清楚っぽい格好が好きなだけであって、喫煙していても、大声で笑っても、もしかして男関係にだらしないとしても、それは本人らの話です。仮に「あなたに憧れていたのに、信じていたのに、そんな人とは思いませんでした!!」と、本人らに直接そのようなことを言ったとしても、その人たちだって「いや、そんなこと言われても・・・」と困惑するだけです。

憧れたり、信じたりするのは勝手ですが、それが違うという可能性も含めて憧れたり、信じたり、恋をしたりするべきです。もし、自分の理想どおりと信じる、決めつけるということに責任を持たないのであれば、それに対して裏切られたとか、幻滅したというのは傲慢になるということに注意するべきです。

 

 

相手から搾取したり立場を悪くしようとするために、悪意と意図をもって信じさせるというのは決してよろしくありません。しかし、盲目的に他人を信じ過ぎてしまうのもまた問題です。信じた先に何が待っているのか、本当に信じていい案件なのかを、自分の頭と感覚をもって慎重になることも大切です。また、独りよがりに理想などを妄想して、それを正しい姿やありかたであると決めつけるというのもまた、間違った信じ方です。

 

信じるならば胸を張って「これは、自分で信じると決めたことだ」と公言してください。もしそこまで決めることができたらならば、たとえ良くない未来になっても、「あのとき、自分で決めたことだしな」とダメージは少なくなるかもしれません。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。