アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

失敗は「普通」であり、成功や大ヒットは「異端」なもの

アラフォー童貞のODです。

 

スポーツ選手や起業家の大成功、映画や漫画などのエンターテイメントなどの大ヒットに対して、メディアはこぞって成功要因を探ろうとするものです。テレビで特番が組まれたり、ネットで考察が飛び交ったり、関連の書籍などが出回るものです。また、同系統の著名者にスポットが集まったり、類似の作品やキーワードが目立つようになります。メディアやマスコミが便乗している、と言えばそれまでですが、成功要因を探りたくなる気持ちは理解できます。私個人としては、成功や大ヒットにいきつくまでの過程が知りたいと思います。

 

某ファッションのコーディネーターが「トレンドとは、異端なものである」とおっしゃっています。具体的には、最初はみんなが「なんだあれ、変なの」と思っているファッションでも、徐々に何だか気になり始めて、そう思う人たちが多くなってきたときに「もしかして・・・こういうファッションもありなのでは?」となり、結果的にトレンドや流行につながるのだというのです。

 

とはいえ、奇抜なことをすれば良いのかといえば、そうではありません。トレンドは心理的な戦略が緻密に組まれており、私たちの多くは「なんだあれ」から「いいじゃん」になるまでの間のいくつかのプロセスを経るうちに、まんまと仕掛け人の罠にハマってしまっています。そうして大成功や大ヒットにつながっているのです。

 

しかし、当然ながらすべてが戦略どおりにいくものではありません。緻密なプランを練って、時間をかけて世に送り出した商品やサービス、娯楽であっても、日の目を見ずに灰になることだってあります。いわゆる「失敗」です。なかには大赤字になって「大失敗」どころか倒産ということだってあります。

 

私たちは成功ばかりに目を向けがちですが、むしろ「失敗」のほうが当たり前ということを理解しておくべきです。

同時に、成功や大ヒットとは、その中から偶発的に生まれた「異端」なものと考えを改めるべきです。

 

そうでなければ、「〇〇さんがやっている通りにすれば、自分も成功できる」「✕✕先生のやり方を真似れば、自分の作品も誰かの目に留まるかも」と勘違いしてしまいます。実際、本屋に行けば、「2時間でわかる政治・経済」「1日〇分だけでOK」とか「空き時間でできる投資術」みたいな本がたくさんあります。そのくらい、現代人は成功方法に飢えているのであり、失敗する時間や浪費・精神的ダメージを少なくしたいから、飛びついてしまいがちです。

 

しかし、この手の本をご覧になった方は分かるでしょうが、2時間で政治・経済が理解できるでしょうか? 1回読んだくらいですべての情報が頭に入ったでしょうか? そもそも全部読み終えることができたでしょうか?

自分を高めるための「1日〇分だけ」をやってみた人は多いでしょうが、ずっと継続している人はどれくらいいるでしょう? ポイントを抑えた投資の本を読んで、実際に投資にトライした人はどれくらいいるでしょう? このように考えてみると、もしかしたら「失敗」すらしていない人も少なくないはずです。

 

ちょっと、自分で書いていて上から目線っぽく感じてきたので軌道修正しますと、「●●すれば、自分も成功や大ヒットに近づける」と安易に思わないほうが良いと言いたいのです。

よく一発目で成功や大ヒットしたというエピソードも見かけますが、その根本を探ると、家庭環境や幼少期から大好きだったことの延長戦であることが多いものです。おそらく、そのような根本や起源となる時期だって、ちゃんと「失敗」を積み重ねてきたはずです。それがあるとき、偶発的に華を開いただけなのに、大衆の目には「一発でうまくいった・・・きっと何か成功要因があるんだ」と思いたくなるのです。まるで、手品のタネを知りたがるような感じです。

 

成功や大ヒットに憧れるのは分かりますが、それは未経験の営業マンがいきなりトップセールスを披露しようと思うようなものです。普段運動もしていない人が、いきなり陸上で世界記録を樹立するなんてできません。

道端でスカウトされたモデルや俳優さんがいきなり主演に!なんていう話はありますが、きっと撮影の現場では苦労がたくさんあったと思います。デビュー数周年してからのインタビューなどで「あのときは何も分からなかったから、夢中だった」「今にして思うと、大変だったんだ」という話をよく聞きます。

意外に大変なことというのは、後から分かるものなのかもしれません。人気絶頂や大ヒットしているときというのは、案外、本人も関係者も「なんでヒットしたんだろう」と思うのかもしれません。

 

だからこそ、安易にその時期に提示された「成功や大ヒットの要因」=「成功要因」「自分もうまくできる要因」と思うのは危険だと言いたいのです。「失敗」という言葉を使わずとも、うまくいかないという過程を経てこそ、成功というきっかけはつかめるのだと思います。

「異端」という遠くのものに憧れてる暇があれば、体と頭を使ってどんどん「普通な失敗」を重ねるほうが、最終的には成功といかずとも充実感は生まれるのではないでしょうか。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。