アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

自分の考えが他人に受け入れられないと、ネガティブな感情になってしまう理由

アラフォー童貞のODです。

 

1年前くらいの話ですが、とある職員さんが急に辞めたいと申し出てきたので、ひとまず話を聞いてみることにしました。最初のうちは、自分の辞める意向や時期などをまくし立てるように話し続けていたので、ひとしきり聞き続けていました。しかし、いまいち辞める理由が見えてこなかったので、本人の辞める意思を尊重しつつ、最近の働き具合で課題や不安点があったのかを聞いてみました。すると、「自分の考えが職場に受け入れられない」「色々と提案しても、なかなか理解してくれない」と言うのです。

私はこの職員さんの普段の働き具合を見る機会は少ないのですが、その職員さんが色々なことに気づいて発言したり、提案をしてくれるということを伝え聞いていました。しかし、それがその職員さんの職場で受け入れられていない、という事実は初めて聞きました。

 

その後、ひとしきり話したらスッキリしたようで、その職員さんはその後も勤務を続けました。ひとまず安心したものの、その職員さんの職場の管理者にも辞意があった話を伝てみました。

すると、管理者も色々と提案してくれるのは助かっていると思っている一方、提案してくるタイミングが悪かったり、内部的に調整してる場合など、どうしても提案を却下せざるを得ない場面があるそうです。そんなとき、その職員さんの態度がガラっと変わるのだそうです。例えば、「急いで対処したほうが良いですよ!」と怒鳴ったり、はたまた「そうですか・・・」と明らかに落ち込んで口数が少なくなったり、そうかと思ったら管理者がいないところで陰口をたたくと言うので、管理者自身もストレスをかかえていたことが分かりました。

 

 

さて、この件においてもそうですが、人はなぜ、自分の考えが否定されたり、受け入れられなかったりすると、怒ったり、落ち込んだり、悲しんだり、傷ついたりするのでしょうか? なぜ、今回のように自分の提案が却下されただけで、急激にネガティブな感情を抱いてしまうのでしょうか?

 

それは・・・

「自分の考え」=「自分自身のあり方」と思い込んでいるから と思われます。

 

私たちは、ふと頭に浮かんだアイディアや考えに対して、自分の存在を大きく変えてくれる価値のあるものと考えてしまいます。そうして大して吟味するわけでもなく、忘れないうちに「ねえねえ、ちょっと聞いてほしんだけど」と、捕まえた人に対してまくしたてるように伝えます。「きっと、自分の考えに驚くだろう」「素晴らしい人間だと思ってくれるだろう」という期待があります。

しかし、突然話を振られた相手はポカンとしてしまいます。なぜなら、心の準備もなく,いきなりアイディアや考えを聞かされているので、ちゃんと反応してあげたくても嬉々として話す相手に気後れして、うなずくか聞くだけしかできません。

そして、最初は勢いで自分の考えを話している人も、しだいに相手の反応が思ったほどでない状態が気づくと不満が生じてきます。それは、「こんなに価値のある話なのに、目の前の相手は理解してくれない」、ひいては「自分の存在を理解しようとしない」と傲慢な考えが間接的に浮かんでくるからです。

さらに、不満が怒りや悲しみ、落胆に変換されていき、このような感情を相手にぶつけるモードになっていきます。こうなると、上記の例の職員さんのように、自分がせっかく提案しているのに、職場や上司から(事情があるという背景を知らず)不採用や却下という形を下されると、ネガティブな感情が急激に湧き上がってしまうのです。

 

しかし、ここで「自分の考え」と「自分自身のあり方」はイコールではない、ということに気づかなくてはいけません。また、「自分の考え」が却下されたということと、「自分自身のあり方」が否定されたということもイコールではないのです。

 

「自分自身のあり方」というと難しく考えてしまいますが、自分が過ごしてきた時間や、読書や運動を続けてきた自分、何年も勤務して社内で確固たる地位を築いた自分、近所の人に毎日あいさつをし続けてきた自分、といったことでもなんでも良いのです。良いことも悪いことも、必ず今の自分を構成してきた要素というものはあります。

 

そんな自分自身や自分の構成要素というのは、たった1つの考えやアイディアを他者に提示して、それが受け入れられなかったくらいで変わってしまうのでしょうか?・・・おそらく、というか絶対に変わるものではありません。他者であっても、そして今の自分自身ですら即座に変えることはできません。

 

極論を言うと、「自分の考えが受け入れられなかった」という事実はあるだけで、その事実は何も変える力はない、ということになります。変わったと思うならば、それは本人の勘違いに他なりません。思い込みなのです。

 

このようなことを書くと、反発をくらうかもしれませんが、多くの人は自意識過剰すぎるのです。ちょっと自分を受け入れられないくらいで、「嫌われたー!」「傷ついた!」と思ってしまう人もいますが、受け入れてくれなかったという相手は、実際は何とも思っていないものです。考えを拒否したとか却下したとかも考えずに、「うーん、今は時期じゃないかな」「ちょっと自分には合わないかなー」と言ってるだけかもしれません。きっと、自分の考えを受け入れられなくてショックを受けている人だって、同様のことをしているはずです。お互い様です。

 

傷つくのは構いませんが、その手前で「そうか、今はタイミングじゃないのか、また別のときに提案してみよう」とか「そうか、じゃあ別のアイディアが思いついたら提案してみよう」といった、さっぱりとした切り替えや修正力が現代では大切です。または、自分の考え以外にも何か良いアイディアはないかと本を読んだり、他の人の意見を聞くといった見識の広さも重要であると思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。