アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

打たれ強くなるために必要なこと

アラフォー童貞のODです。

 

メンタルが弱く、どんなことにも動じない打たれ強い人間になりたい。打たれ強さがあれば、人生をもっと楽に生きられる。・・・このように思う人は少なくないと思います。しかし、そもそも打たれ強いというのはどういう状態なのでしょうか?

 

上司や取引先から怒鳴られても、ケロッとしていることでしょうか?

他人からの中傷や非難を聞いても気にしないことなのでしょうか?

 

打たれ強さは色々な角度から考察することができますが、根本的な話をするならば、それは「適応すること」です。適応とは、環境に適応するとか、物事に慣れるということです。病気や菌などの抗体ができるというのも肉体における適応の1つです。

 

まず、多くの人は「初めての経験」というものがあります。(性的な意味も含めて)初体験というのは怖いです。どうしていいのか分からなくて不安です。

上司や取引先に怒鳴られるのだって、社会人になれば誰しもが体験します。そして、初めてのときは誰でも委縮してしまうと思います。しかし、よほどブラックな職場でなければ、怒鳴られた原因は自分にあります。例えば、スキル不足とか報連相の不足が大抵の原因であるものです。

怒鳴られることにより、自分の至っていないところに気づくことができます。そこで、自分の至っていない点を改善するという視点に立つことができれば、どうすれば改善できるのかを考えます。自分のしてきたことを振り返ったり、上司などに対して指導を求めることもあります。場合によっては、怒鳴ってきた人から教えを貰えることもあるでしょう。

そうして、至っていなかったスキルを向上させたり、報連相を以前よりも細かくしてみることにより、相手は怒鳴らなくなったり、時には「前より良くなったじゃん」というように見直してくれるようなフィードバックをしてくれることもあります。

このように、怒鳴られたということをきっかけに、自己認識と改善のプロセスを経て、「そうか、このようにすれば良いのか」「たしかにスキルや報連相が不足していた・・・今回覚えたやり方を忘れないようにしよう」と改めて気づき、そしてそれを継続していくことで、徐々に「適応」していくのです。

 

次に、他人からの中傷や非難はどうでしょう? 誰でも自分を悪く言われるのは嫌なものです。できれば褒められ、自尊心を満たされたいものです。しかし、逆説的な話ですが、他人から悪く言われないと、中傷や非難に対しての適応は身につきません。

中傷や非難というのは、言ってしまえば他人の視点や価値観から生まれたものです。言われた本人の視点や価値観から生まれたものではありません。違っていて当然なのです。例えば、Aさんに対してBさんとCさんが悪口を言ったとします。しかし、BさんとCさんがAさんを悪く思っていようと、Aさんに直接悪口を浴びせたとしても、実際にAさんの存在には何の影響もしないのです。

そのため、Aさんは「BさんとCさんに悪く言われた! どうしよう!!」と思う必要は全くないのです。よほど自分に思い当たる節や改善点がない限り、悪口を言っている2名の視点や価値観に合わせることもありません。

社会で生きている人間において、自分の評価を気にしないというのは難しいと思いますが、多くの不明瞭な情報や価値観が飛び交う現代、1人か2人に言われたことを自分のすべての評価と思うのは違います。

非難や中傷に対しては「気にしないことが適応である」・・・と言いたいところですが、ちょっと違います。まずは、他者からの中傷や非難は数多くの評価の1つとして受容し、それを今後の人生で活用するかどうかは自分自身で判断する、というのが「適応」なのです。要は自身の価値や評価というものを情報としてとらえるならば、集まった情報から自分にとって大切なことは何か、今の自分にプラスになることは何かを取捨選択することが大切なのです。こうして考えると、中傷や非難というのも自分を成長できる要素としてとらえることができます。毒も煎ずれば薬となる、という考えです。毒から薬への転身の関係もまた「適応」の1つです。

 

最後に、冒頭の例に加えて「困難に対して打たれ強くなる」にはどうしたらよいのか、を考察したいと思います。困難に対しては「抗う」とか「挑戦する」といった言葉がよく用いられますが、困難というのは人生において幾度も出くわします。しかし、それを困難と思うのかどうかは本人次第です。その本人の対応スキルとか性格といった話もあるでしょうが、ここでは「困難に対して、すぐに応答することができる」というのが「適応」ということです。困難や経験のない事案に出くわしたときにいかに迅速に対応できるのかがポイントです

「うわー、どうしよう」と思っても事は進展しませんし、何かしらのとっかかりを見るために手を出したり、足を運んだり、色々と検証するといったアクションを起こせる素早さが重要です。先延ばしにしないこと、とも言えます。

困難に対して適応できるようになるには、これもまた回数をこなすしかありません。具体的には、困難に出くわしたら「とりあえず、すぐ取り組む」という癖をつけることです。利口なふりをして行動しないよりも、いっそ馬鹿になってやってみるという姿勢も必要になってくるかもしれません。こうして、失敗を踏まえてくことにより、うまくいかないことに耐性ができていけば、困難に出くわしたときに落ち着いて行動できるようになっていきます。

 

つまり、総括して言うと「打たれ強さ」とは、本人の性格や資質が変わるということではなく、目の前に出くわした出来事に対して、解釈を織り交ぜつつも、自己の成長として行動をすることが原則であるということなのです。

そのため、打たれ弱い自分を非難したり責めたりするのは間違いなのです。単純に「今の自分は適応していないだけ」なのです。適応するためには視点の変化と行動のみです。

理想論と言われるかもしれませんが、打たれ弱い自分が嫌、打たれ強くなりたい、と思うならば(あまり考えなしでない範囲で)行動する数を増やすことから始めてみてはいかがでしょうか。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。