アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「増やす努力」よりも「減らす勇気」

アラフォー童貞のODです。

 

管理職をしておりますと、頑張りすぎの人や疲れた顔で無理をする職員さんを目にすることは多々あります。

 

その仕事が好きで頑張って、その日を充実して過ごしたり、何か得るものや気づきがあったという様子が見受けられるならば問題ありません。そのような人は、常に活き活きしているので、本人や周囲に悪い意味での影響がない限りは、基本的に制止するような言葉は言いません。

しかし、他人からの評価を上げようしたり、周囲から嫌われるのが怖いというような印象が見受けられる場合は少し考えます。このような場合は、どんどん仕事や活動の目的やポイントがずれていって、結果的に悪い方向へ向かうことが多いからです。例えば、本人の心身が見た目にもわかるくらい摩耗していったり、そこで関わっている周囲が口には出さないけれど迷惑をしていたり、仕事で言えば何かしらの損失やクレームなどにつながっているようなことがあります。

 

動機はどうであれ「頑張ることは良いことではないか?」「頑張れば頑張った分、報われるのではないの?」と思われるかもしれません。これはそうとも言えますが、完全にイエスと返答することはできません。なぜならば、頑張る方向性が「増やすこと」「範囲を広げること」に向いてしまっているからです。

 

今はコンビニなどのチェーン店が増えているため、個人商店というのは少なくなっておりますが、そのようなお店では店主が流行ものに乗っかって商品を置くことがあります。よく見かけたのが、もともとは古本屋だったのに、中古ゲームを販売したりレジ前でカードを販売するまではギリギリ分かるとしても、古着を売り始めたり、そのとき流行の飲食品を売り始めてるようにもなります。

個人店でなく大企業であっても、「なんでこの分野に手を出したの?」「なんで、この商品を売ろうを思ったのか?」ということはないでしょうか? もちろん、企業側としては新ジャンルへ進出して生き残りを図るという目的もありますし、確実や勝算やヒットするとは限らないリスクも知っていることはわかります。それでも、何だかトップダウンでやっているとしか思えないビジネスというものも見受けられます。

他人への想いや好意も同様です。好かれたい、嫌われたくない、とかいう思いが強すぎると、不自然な振る舞いをしてしまったり、下手に出てしまうようになります。都合の良い人になってしまうことがあります。ことに恋愛においては、好きという気持ちがゆがんでしまうとストーカーになってしまう可能性もあります。

 

これらはすべて、自分が良くなりたいという思いが動機となっております。これ自体は問題ないのですが、前述のとおり「私は評価されたい」「私は嫌われなくない」という動機という意味になると、今取り組んでいる仕事や家庭の役割などの目的からポイントがズレてしまいやすく、結果的に不評に終わったり、嫌われるような印象を与えてしまうことになります。すると、「まだまだ努力が足りないんだ」「もっとやることを増やそう」となり、余計に1つ1つのクオリティが下がってしまい、余計に周囲の心象を害するようになってしまうのです。

 

では、誰よりも頑張って人一倍努力をしているのに、マイナスの方向を歩んでいると思うならば、どうすれば良いのでしょうか?

 

それは、「今やっていることを減らす」ということに取り組んでみてください。これから活動量や範囲を増やそうと画策しているならば、それは一度ストップしてみてくだささい。

 

先ほどの例で言えば、やみくもに幅広くしている個人商店は、しだいに店主もお客も何の店か分からなくなり、最終的にお店を畳む・・・という結末を迎えるでしょう。実際にそのようなお店を幾度も見かけたものです。まずは流行の飲食店を販売することをやめることが第一です。中古の商品を販売するならば、古本・中古ゲーム・古着などに絞るならば、それらは自分が好きなものか、知識があるかという点にポイントを絞って販売商品を選定する必要があります。カードゲームくらいならば良いと思うかもしれませんが、これも自分がよく分からない商品ならば売るのを避けるべきです。商品選定という「今やっていることを減らす」作業をする、ということです。

大企業であれば、株主総会や役員会、社内で商品選定やマーケティングなどの会議もあると思いますので、展開している事業が間違った方向であれば、非難を受ける機会もあるでしょう。そのようなときに、意味のある展開なのかを説明できなければ撤退するだけです。または、想定外の赤字へ転落するならば、それもまた撤退せざるをえないでしょう。撤退もまた「今やっていることを減らす」という行為です。

特定の人物への好意に対しては「好かれよう」という気持ちを手放すことが大切です。恋愛であれば、ハッキリと失恋という明確な手放しかたがあります。これらは感情の問題ですので、すぐには無理でしょう。しかし、時間が経って「好かれたい」という気持ちから解放されると、憧れの人とも気負わずに対等に話せるようになります。もしかしたら、そこから自然体になった姿を見て、逆に好意を抱いてくれるようになる可能性だってあります。

 

ともかく、「自分が、自分が」という自己承認のための努力は、背負えば背負うほど心身を病んでいきますし、結果も出にくいものです。なまじ結果が出たとしても、途中で頭打ちしてしまいます。なぜならば、人間という一人の個体は誰しも容量(キャパシティ)というものがあります。体力も時間も経済面でも、使える上限は決まっています。そこに対して、「もっと、もっと」と踏ん張っても、限界はあります。そこで無理をして頑張ろうとするのは、お金がなくなって無計画に借金をするようなものです。

 

頑張るという姿勢は大切です。しかし、自分が評価されたいがために許容量をオーバーして疲弊しているならば、自分が今抱えているものをストップしてみるという考えも1つの手段です。私たちは、人よりもたくさんのことを頑張ることが目的ではなく、何かの目的を達成するために頑張っているのであって、そのためにいる自分がヘトヘトになってしまっているならば本末転倒です。

 

よく、「やりたいことリスト」を作って、それを目標に自分の夢を達成している人たちは多いものです。これを応用するならば、今自分が抱えている仕事や作業や課題をノートに書き出してみて、そこから「やらなくてもいいリスト」を作ってみてもよいのではないでしょうか? このリストが作れないならば、他人に見てもらうこともあっても良いと思います。他人は自分よりも客観的に物事を見ることができます。「他人事」だからこそ、本人よりも優先順位をつけることができるはずです。

 

頑張って「増やす努力」をしてきた人にとって、減らすということは勇気がいるものです。しかし、その勇気を抱いて減らしてみる思考をもつと、良い意味で「あれ? 別に頑張らなくても、自分の人生って成立できる」「自分がいなくても、周囲で事はうまく進むんだ」ということに気づくことができると思います。

 

「増やす努力」をして苦しんでいるならば、ぜひ「減らす勇気」をもって本当にやるべきこと、やりたいことに気づいて、本当の意味での評価を得てほしいと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。