アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

禁欲により「不完全な自分」を自覚する【自分を許す】

アラフォー童貞のODです。

 

オナ禁を始めたは良いけれど、1日も続かないという人は少なくありません。特に毎日のようにポルノに手を出して、自慰にふけっていた人にとっては苦行だと思います。

それは仕方がないことです。毎日のように自慰を行ってきたということは、見方を変えると毎日の日課、ルーティーン活動をやらなくなるということです。しかも、ポルノを見ることも自慰におよぶことも、射精することもとても気持ちの良いことです。きっと何の問題もなければ、ポルノだってずっと見ていたいですし、自慰も何回でもしたいと思うはずです。

それは、脳がそれらを気持ちよいと知っているからです。快楽を覚えてしまっているからです。脳は性能が高いですが、刺激に対しては子どものように「もっと欲しい、もっとちょうだい!」と要求してくるのです。ポルノを見てムラムラしたいという欲求や自慰と射精による快楽を欲するのです。

そのため、いきなりオナ禁を始めたとしても、それまで性的快楽という刺激を自分に与えてきた習慣を急にやめたところで、脳は納得してくれません。「え、何でやめるの? オナ禁なんていいから、いつものようにエロ画像を見ようよ、AVを見ようよ、シコシコして気持ちよくなろうよ!」と要求してきます。そうして、脳からの欲求に対して理性で抑えようとするものの、いつのまにかスマホでポルノを検索し、またはデッキでAVを再生したり、身近な女性を妄想したりして自慰行為に及んでしまうのです。

スマホをなるべく手放したり、ネットにアクセスしないようにしたり、AVなどの手元のポルノを処分しても、ちょっと道を歩けばポルノまでいなかくても性的なものに遭遇してしまいます。コンビニに行けば大衆紙には煽情的な格好をしたアイドルのグラビアが掲載されていますし、職場など女性がいる環境であれば性的な場面に遭遇することは大なり小なりあります。それは着替えている場面やパンチラとかいう意味ではなく、お仕事に打ち込んでいる姿やちょっとした仕草にムラっとくることもあります。

 

私の場合は、同僚の女性の匂い(場合によっては臭いにも)に欲情してしまうことがあります。その女性のデスク周辺に近づくと匂いが漂ってきますし、床掃除のためにその女性がいつも座っている椅子を動かしただけでムワっと香りが舞い上がってくるのでムラっとしてしまうことがあります。

現在でもその有り様ですが、オナ禁を長期的に行っていたときにも同様のムラムラ感にひどく苦しんでいました。自慰行為を禁じていたのに、その女性の匂いにムラっとするたびに自慰におよびたいと何度も思ったものです。良い香りを漂わせながら、私のデスク近くで会話をしているときなどは発狂しかけたものです。このようなときに思ったのは、「このくらい我慢できなければ駄目だ!」とか「この苦難を乗り越えれば、きっと楽になるはず」といったことです。

 

・・・しかし、半年以上を超えてオナ禁を続け、射精することを控えてきましたが臨む自分の姿には辿り着きませんでした。もともとは体臭の改善としてオナ禁を始めたものの、自分の体臭が改善されているかというのは自覚しにくいもので成果が良く分かりませんでした。また、半年以上のオナ禁を続けてきても、性に対しての苦しみというのは解消されることはありませんでした。むしろ、渇望感がひどくなり、日課のように自慰をしてきたときよりも日常生活に支障を及ぼすこともありました。

 

誤解のないようにお伝えしておきますと、オナ禁といった禁欲を否定しているわけではありませんし、オナ禁しても成果も出ないまま苦しみだけが増すだけという意味でもありません。これはあくまで私自身の結果です。私だけの人生と環境のなかで禁欲をしてきた結果であって、確実にこうなるというわけではありません。

また、ポルノも含めたインターネットに手を出す頻度が減ったため、自分の時間が増えたことから読書習慣も身につきましたし、このようにブログにて自分の考えをアウトプットすることもはじめることができました。

 

しかし、大きな成果と言えばまた違います。改めて禁欲生活を振り返ってみると、オナ禁によって得られたことは、半年以上の射精を控える日々を区切るまでの間に幾度となく襲われた苦しみに対しての気づきだと思います。

 

それは「自分は完全な人間ではない」ということです。

 

オナ禁をしていると何だか自分がすごい人間であるように思う時期がありましたが、周囲からすれば禁欲しているなんて知ったことではありません。しかし、根拠のない万能感があるので何でもうまくいくように思いますが、そうはいきません。

そうしたときに、やはり人間はストレスを感じるものであり、さらにストレスとともに疲労感がどんどん溜まっていくとポルノを見たくなったり、自慰にふけりたくなります。一方で、オナ禁中だからポルノも自慰もNGだと自制する自分も出てきますので、それらが葛藤して苦しみがグルグル回りました。

そして「こんなことで苦しんでいるのが自分なのか・・・」と思うようになったのです。こうなると、ちょっと自分の弱さに対して、たかだかポルノを見て自慰におよぶかどうかというだけの話で苦しんでいる自分が面白くなってきました。

 

さて、その後は禁欲生活はいったん区切ったものの、以前のように毎日のように自慰におよぶという事はなくなりました。睡眠、栄養、運動などを適切に管理していれば、1か月くらいはポルノや自慰に対して意識が向かなっています。逆に言えば、これらのいずれかが乱れるとすぐに性への欲求がムクムクと姿を見せます。

しかし、以前と違うのは、そのような自分を駄目とも思いませんし、無理に欲という存在を完全に断ち切る、我慢しようといった考えはしないようにしています。むしろ、性に対しての欲求や自慰をしたいというムラムラ感が湧いてきたとき、「まあ、自分は不完全な存在だから、エロ画像だってみたいし、シコりたくもなるし、お世話になっている同僚の〇〇さんに対してもムラムラすることだってある」と思ってると、何となくですが自分を許すことができるようになりました。

では、このような考え方ができればポルノを見なくなるとか、自慰をしなくなるというかは話は違います。我慢する、というか性への欲求をスルーすることもあれば、そのまま応じてしまう事も当然あります。

しかし、スルーできたとしても、自慰におよんでしまったとしても、いずれにせよ不完全な自分であることには変わりはありません。自慰におよんでしまった場合は言い訳のように思いますし、自虐的にも思われるかもしれませんが、現実問題として自分自身は何も変わっていません。せいぜい、RPGのように多少のステータス変化があるくらいです。

 

もし、オナ禁をしたはいいけれど続かない、1日も我慢できないならば、続けることを目的にするのでも、我慢しなければならない、とか枷をはめて苦しむよりも「この不完全な自分を少しでも成長させるためには、どうすれば良いだろう」という視点をもってみてはいかがでしょうか? 

 

本記事はオナ禁の続け方などの具体的な手法ではありませんが、たかだかオナ禁が続かないくらいで苦しまなくても良いと言いたい気持ちはあります。なぜならば、私たちは常に「不完全な自分」なのですから、失敗しても許すくらいの寛容さをもつことが継続への第一歩だと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。