アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

現代は「成り上がり」という考え方ではない

アラフォー童貞のODです。

 

人間は承認欲求というものがあるので、大なり小なり他者から特別に見られたいものです。人よりも秀でた存在として思われたいものです。承認欲求を得るということがそもそもの目的ではないものの、その手段はたくさんあります。分かりやすいのは「肩書き」という公共的または集団で共通の証明があります。

 

例えば、学生であれば中間試験や期末テストにおいて、(現代であるのかわかりませんが)ある一定の順位というのが学年に公表される場合、学年1位の学力ともなると注目されて周囲から賞賛されると、内心でもまんざらでない気持ちになると思います。学業でなくともスポーツを頑張って、まずは部活のレギュラーになって存在感を示し、地区大会そしてインターハイなどで活躍することで自分の名を周囲に知らしめることも出来る可能性はあります。または生徒会や委員会などのリーダー的な活動をすることにより、存在を知らしめることもあるでしょう。

 

社会人になると、さらに分かりやすくなります。専門職であれば知識や技術の優劣により注目されることもありますし、営業マンであれば営業成績という数字がります。そして、こういった個人の実力にともなって「係長」「部長」などの役職も分かりやすい指標になります。もっと分かりやすい指標として「経済力」が挙げられます。どのくらい稼いでいるのかは見えなくても、身につけている時計や衣類・持ち家・自動車など「こいつ、稼いでるな」というのが間接的に分かるものです。(もちろん、ケチな人もいますが・・・)

 

さて、このように私たちは世代に関係なく、地位や階層を感じる要素はたくさんあり、そのどれを目指すかは個人の実力と行動によってきます。そして、私たちの社会においてはその目指すものに応じて、肩書を得るなどにより周囲から認められるというプロセスが必要であり、そのためには個人の実力を底上げして群を抜いた存在になる必要があるのです。いわゆる「成り上がり」です。

 

・・・しかし、現代においては経済力はまだ必要だとしても、肩書きというのは別に魅力的な要素とは言えません。例えば、知らない企業において、とある人が「係長」とか「部長」とか言ったところでピンとくる人は少ないと思います。仮に「社長」とか「代表取締役」と言っても「何の社長?・・・え、ふーん」となるのではないでしょうか。仮にものすごく頑張って成り上がってトップに立ったとしても、「何かよくわからないけれど、すごい人」で終わってしまうはずです。

 

というのは、現代はあまりに多様なビジネスもありますし、自己表現するツールや方法が簡単に入手でき、階級や役職者だけでなくても、一般人が色々な段階をすっ飛ばしてチャンスを得ることができます。そのため、ステップアップしながら肩書きを得たとしても、簡単に会社やビジネスが興せる現代において、肩書きというものは大して評価されることとは言えません。

 

誤解のないようにお伝えしますと、実力をつけて周囲に認知されながらステップアップし、役職やチャンスを得ることが馬鹿らしいというわけではありません。「成り上がり」型のステップアップだって苦労や努力はしておりますし、結果的にそれに見合った評価と地位を得ているということです。

 

しかし、現代は個人の実力をつけてからそれに見合ったことに挑戦するよりも、多くの人が問題であると理解しながら放置したままのものにチャンスを見出し、アイディアをもってアクションを起こしてしまう人のほうが成功しています。そのための社会的リソース、インターネットを含めたツールや方法は揃っています。技術や知識はあるけれど、何に使っていいのか分からないという人と簡単に出会うことだってできる時代です。あとは失敗やリスクを受け入れる気概と、行動力があればいいだけです。

 

また、現代において肩書きが意味をなさないのは、多様性のある現代において、例えば「物書きになりたい」と言っても、出版やメディアでは「小説家」「ライター」などあるでしょうが、現代は「ブロガー」などもありますし、それで生計を立てている人だっています。SNSなどをツールにプロモーションをかけている有名人だって星の数ほどいます。これまで他人へ示す自己証明としての肩書きは、今やただのツールや手段になっているのです。そのため、成り上がって得られる肩書きに固執する必要はないのです。

 

つまりは、現代は肩書きやそれを得るためのプロセスとして、すでにある道、しかも既に通過した人がある道を歩いても、得られるものはあまりないのです。それよりも、「この道は誰も通ったことがない」と気づいた道を歩いていくことに価値があるのです。また、自分には肩書きがないということに卑屈にならずとも、そのための知識や技術がなくとも補えるツールや方法を見つけて、組み替えるアイディアがあれば成功はできるのです。

 

私で言えば、はてなブログという多くの人が使っているツールを活用しております。そして、私が書いていることはきっと、もっとうまい表現や分かりやすい文章で伝えることができる人だっているでしょう。でも、そこを気にしても仕方ありません。私は私の表現と文章をもって書いているだけです。別にブロガーという気概もありません。これでビジネスをしたいというわけでもありません。ただひらすらに、ブログというツールを使って、自分の得てきた知識や経験を結び付けているだけです。それが多少の自分なりのオリジナリティとなっているのでは、と思って今日も書き続けております。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。