アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

お酒を飲めるから「大人」なのではない

アラフォー童貞のODです。

 

日本では二十歳を過ぎると飲酒が認められます。

・・・が、これは何故なのかを明確に言える人は少ないのではないでしょうか。例えば、小学生の子供から「なんで二十歳にならないとお酒を飲んじゃダメなの?」と聞かれたら、何て答えるでしょうか?

このように問題定義をしている私ですら、正直申しましてハッキリとした理由を言うことは難しいです。「法律で決められているから」では、おそらく子供は納得しないでしょう。なぜそのような法律があるのかも知らないのに、法律を盾にするのはちょっと卑怯かもしれません。

 

確かにお酒は体に悪い、という理由があります。

特に成長期の子供たちにとって明らかに有害です。しかし、有害であるのは大人も同様です。お酒や百薬の長と言いますが、肝臓にダメージを与えます。飲み過ぎればアルコール中毒になったり、嘔吐したり、翌日分解できなかったアルコールのため二日酔いに苦しみます。子供どころか、むしろ大人の方が有害な飲み方をしています。

 

社会的な責任という視点もあります。

お酒で失敗したとき、成人していれば「すべて自分の責任だから」と周囲から言われますし、お酒での失敗は自己責任のように思います。しかし、大学生であってもお酒を飲んで他人様に迷惑をかけることがあります。大人であっても飲み過ぎて路上に吐いたり、喧嘩になって暴力沙汰になったり、泥酔した女性に暴行を加えるということもあります。これらは犯罪です。子供も大人も関係ありません。

 

このような考察からも、飲酒と年齢とはあまり関係ないように思います。子供はお酒を飲んではいけないという納得した理由にはなりません。それにも関わらず、例えば明らかに10代であろう子供が飲酒をしているのを見かけたら、おそらく「不良」のような認識を抱くでしょう。何なら通報されて、お巡りさんや学校の先生、親御さんなどにひどく注意をされるでしょう。(彼らがどのように注意をしているのか知りたいものです)

 

それでも、子供は「お酒を飲んでいることは大人」と考えて、背伸びをするように隠れてお酒を入手したり、年齢を偽って買おうとすることがあります。これは現在の子供たちだけではなく、アラフォーである私が中高生のころもそう思っておりましたし、それよりもっと上の世代の人たちも子供時代に、「お酒は大人の象徴」として見ているのです。

これはきっと、お酒が美味しいのではなく、お酒を飲むことによって「自分は周囲よりも大人の道を歩んでいるんだ」と思い込みたいだろうし、周囲にアピールしたいからでしょう。この心理はタバコやセックスも同様でしょうが、お酒はタバコよりは比較的入手しやすいですし、セックスよりは手っ取り早く行えます。また、「飲む」という生命維持である飲食の延長であり、かつ酔っ払うという楽しくなれる行為でもあります。お酒は大人の象徴の1つであり、かつハードルが低いので手を出してしまう子供がいるのではないでしょうか。

そういえば、ノンアルコール飲料が出たころは年齢制限が緩かったので、ちょっと背伸びをした子供が買って飲んでいる姿を見たことがあります。何なら、動画配信しやすくなった時期でもあるので、動画に投稿している人もいました。今も残っていたら、きっと色んな意味で黒歴史でしょう。

 

では、「お酒はなぜお酒はニ十歳を超えてからなのか?」という話ですが、冒頭のとおり、私もこの理由には明確な回答はできません。しかし、感覚では何となく分かります。個人的な見解は言えると思います。

 

その前に、言い忘れていましたが、私も日々、お酒はそこそこ飲みます。しかし、お酒を飲んでしばらくすると眠くなってしまうため、酔っ払うまでは飲めません。これはお酒が弱いというよりも、お酒を少し体に入れただけで一日の疲労感がぶわーっと広がるからです。そうなると、「もうちょっと飲もうかな」と欲張るよりも睡眠欲が増すのです。

 

このような、お酒を飲むことにより、ビールの苦み、炭酸による喉越し、ウイスキーのスモーキーな薫りといった、お酒の味だけではなく様々な要素を体内に入れたときに、何とも言えない充実感を抱くのです。これはお酒を通じて自分の心身の疲労を自覚し、眠気を感じ始めたときに「ああ・・・大変だったけれど、今日も俺は頑張ったんだ」という、筋トレ後とはまた違った満足感を味わうことができるのです。

二十代の頃はお酒をバカみたいに飲んだこともありましたし、失敗もたくさんしました。お酒を味わうこともなく、ひたすら量を飲めることに力を注ぎ、翌日以降に肉体にダメージを与え続ける日々でした。営業マン時代はそれが当たり前だと思っておりました。もちろん、そういう世の中や周囲の風潮というのもあったのはあります。

 

しかし、二十代のころですらそうなのに十代の学生ではもっと、お酒を飲んで充足感を抱くことなんてできないと思います。「今日も勉強頑張った、ビールがうまい」「部活動を頑張ったから焼酎が染みる」なんてことは思わないと思います。

おそらく、数多くの本を読んできた人しか読みこなせない本があるように、毎日のトレーニングによって辿り着いた技術があるように、お酒もまた年齢を通じて味わえる感覚というのがあるのだと思います。

 

本記事の「お酒はなぜ二十歳を過ぎてからじゃないとだめなのか?」という、直接的な回答にはなりませんが、二十歳を過ぎてからじゃないとダメというより、10代ではまだお酒を飲んでも「感覚としての味わい」を理解できないからではないか、と思います。お酒だって生産者がいますし、お金を出して飲むことになるため、それなりに味わえる人たち、飲んで楽しめる人たちが飲んだ方が良いはずです。箔を付けるためにお酒を飲むのはちょっともったいないです。「感覚としての味わい」が理解できるようになって大人を名乗れるのかもしれません。

 

というわけで、二十歳になっていない人たちは、無理に背伸びしてお酒を飲む必要もなく、それよりも色々と失敗を繰り返していきながら、ビールでは味わえない経験という苦みを味わっていってほしいと思うのです。

 

・・・こういう、くどくて説教くさい言い回しをするのもまた、「大人」なのです。

(いや、おじさんか)

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。