アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

失敗するなら、いっそ「後世に残るくらいの失敗にする」ほうがいい

アラフォー童貞のODです。

 

失敗をしたとき、さっぱり忘れて切り替えられるでしょうか?

それとも、しばらくの間は引きずってしまうでしょうか?

 

私は以前は後者でした。何日も同じ失敗をうじうじ繰り返していました。しかし、今も多少は落ち込むことはあるけれど、翌日には結構切り替えています。これは失敗したことを忘れるということではなく、捉え方が変わったからです。

 

失敗をずっと気にしているときは、「自分は何故あんなことを・・・」とか「あんな選択をしなければよかった」とグルグルと頭の中で繰り返し自分を責め続けます。こうして、ふとしたときに失敗したことを思い出しては自分を責め続けるわけですが・・・これって実は自分の失敗を気にしているわけではなく、他人の目を気にしていることがほとんどと言って良いでしょう。

 

例えば、私は過去に努めていた会社で結構な額の備品を破損させてしまったことがあります。業務中の出来事とはいえ、その備品をまるっと入れ替えする事態になったときにはかなり落ち込みました。それこそ一週間では効かないくらい精神的な回復に時間を要しましたし、同僚に顔を合わせることもできず、会社を辞めるしかない、と思ったほどです。

しかし、なぜこのような考えになったのかを振り返ると、この「同僚に合わす顔もない」という点でしょう。つまり、自分の失敗を責めているように見えて、実は同僚という他人の目を気にしているだけだったのです。もちろん、自分に大きな非はありますので反省することは必要ですが、過ぎた失敗自体を変えることはできません。それは失敗をした本人だけでなく、周囲の人間だって他人の失敗をなかったことにはできません。つまり、本当であれば失敗を気にすることほど無駄なことはないのです。

 

このように理詰めで失敗自体はなくすることができない、と分かったとしても、それでも「失敗を気にすること」は、結局は「自分の失敗を知った他人が、自分のことをどう思っているかを気にしていること」という話に行き着きます。

 

しかし、自分の失敗を知った周囲というのは、実際には他人の失敗に対して興味はほとんどないものです。試しに1か月前にしでかした(周知の出来事としての)失敗を、身近な人に覚えているか聞いてみると良いです。おそらく、たいていの人は「あー、そんなことあったっけ」と思うはずです。

さらに、その状態でその失敗を1か月間ずっと気にしているということも伝えてみましょう。きっと相手は何と言ってよいか分からずに困るはずです。他人の失敗エピソードなんて覚えていないのに、何てアドバイスや慰めの言葉をかけていいのか分からないため、大した返答は聞くことはできないでしょう。

 

失敗をして気にする、失敗を知られた周囲のことを気にする要因の1つとして、失敗を馬鹿にされることもあるからでしょう。しかし、それもまた一時的なことです。失敗に加えて馬鹿にされた本人はハッキリ覚えているでしょうが、他人の失敗を知った周囲や失敗を馬鹿にしてきた人は、おそらく一時的なテンションで馬鹿にしたのであって、下手をすると翌日にはそのことを忘れているでしょう。

おそらく、異性に告白して振られたとしても同様であり、落ち込むことや後悔するのは一時的な話なのであって、何年も経てば「なんで、あんな人のこと好きだったんだ」とか「そういえば、●●さんのこと好きだったなー」と思えるのもそういうことです。

 

このように文字にすると、失敗を気にするのは別に大したことではないという話になりますが、うまく感情をさばけないのが人間です。失敗はするものですし、ある程度は気にするものです。

 

 

となると、いっそ失敗すること自体も、(他人の評価も含めて)失敗を気にするのも当然であると考えたうえで、何か選択したり行動をするならば、思いきりやってみるということをするべきです。もういっそ、「失敗するならば、後世に残るくらいにするくらいやってやるぜ!」くらいに臨んでみると、案外やったあとは後悔もないし、他人にどう思われてもいいや、となるのではないでしょうか。

私自身、取引先に対して馬鹿と思えるような交渉をかまして失敗したことがありましたが、そのときは他人がどうこう言うのは気になりませんでした。それは、「言うだけならタダだ」と思ったことと、交渉にあたりかなり準備や根回しなどをしていたため、終わったころには疲労困憊でした。反省も評価を気にすることもなく、ひたすら眠たかったことを覚えています。言い換えれば、失敗を気にするとか、他人のどうこうを気にするというのは、まだ余裕がある状態と言えるのかもしれません。

 

努力や準備なども含めて、思い切りやった失敗というのは、たしかに周囲に馬鹿にされるかもしれませんが、一方で伝説になる可能性だってあります。偉人の失敗というのも、その人が成功すれば逸話として多くの人たちの学びになります。別に逸話にしろというわけではありませんが、失敗談を他人に笑ってもらえるエピソードにするくらいの判断や決断、そして行動をするのも良いことだと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。