アラフォー童貞は〇〇と考える

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「力」は現代では必要ではない【過度な筋トレをするのは、古代人的な考え】

アラフォー童貞のODです。

 

筋肉は大きいほうが良いことだと考えている人は、少なくないと思います。確かに筋肉が大きいほうが見栄えが良いように思いますし、筋肉量が多いほうが健康的なように考えがちです。

 

これらは正しい面もあれば、人によってはそぐわないこともあります。

例えば、筋肉量が"ある程度"はあることは健康維持には大切です。肉体の活動や代謝を円滑に行うためには一定の筋肉はあったほうが良いです。また、体を鍛えた結果として筋肉がついてくると、鏡の前で結果を見る事ができるので自己満足に浸ることができます。その後のトレーニングのモチベーションにもつながり、健康に良い習慣がサイクルとしてでき上がっていきます。

 

しかし、日常生活を送ったり健康に生きていく分には、一定量を超えると筋肉はそこまでなくても問題ありません。仮に100kgのバーベルを持てたとしても、デジタル化が進んでいる現代において、日常では筋力があることはほとんど役に立ちません。

そうは分かっているけれど、日々筋トレに明け暮れている人たちは、肉体をパンプアップさせることにこだわり続けています。別に役に立つ立たないではなく、とにかく力をつけることにエネルギーと時間を注ぎます。

 

これは 「生きるうえでは力が必要である」という認識があるからです。力とは様々な定義ができますが、ここでは筋力や腕っぷしのことと思って下さい。

 

筋力や腕っぷしといった「力」を重視する考え方は、現代的ではありません。もっと言えば古代人の考え方です。古代人は大自然の中で集落などの文化の中で生きていたため、大きな獲物を取ったり、集落を守ることができる「力」がある人が重要視されていました。英雄として祭り上げられていました。言い方は失礼ですが、優しさや知性よりも、腕っぷしさえ強ければ評価されていたのです。

 

しかし、私たち現代人は文明の中で生きています。自然はまったくない、とまではいかないまでも、建物の中で電化製品に囲まれて生きております。前述したとおり、筋力や腕っぷしといった「力」を使う機会はどんどん減っています。そのため、力を誇示したとしても意味は全くありません。婚活をしている女性にとって、好みはあれど、経済力のないムキムキな男と高収入であまり筋肉がついていない男とでは、後者を選ぶはずです。(まあ、ムキムキな男の場合、食材を採ってくるならば話は変わるかもしれませんが)

 

このように「力」を使う機会が少なくっており、「力」が評価されていない文明社会においては、重い荷物を持てることはすごいと思われるかもしれませんが、それは一時的な話です。むしろ、文明社会に生きる現代人ならば、重い荷物を前にしたとき効率的に荷物を運べる方法を探すべきです。

 

最後に。

私たちは「力」を追い求めてしまいますが、必要以上に追い求めなくても良いです。筋力なんていうのは、自分の肉体と生活に合わせてそれなりにあれば良いです。別に筋肉バキバキでなくても、何十キロの重りをもてるくらいの太い筋肉も必要ありません。もっといえば、最低限、自分の肉体を思った通りに動かすくらいのレベルの筋肉があれば健康的に生きていけます。

筋肥大を否定するわけでも、筋トレ自体を否定するつもりもありません。しかし、やみくもに筋力や腕っぷしなどの「力」を追い求めたり、「男は筋力がなくてはいけない」と無理な筋トレをするのは危険です。それは肉体への悪影響もそうですが、文明社会である現代人の考え方ではないからです。

もし、運動や筋トレを習慣にしているけれど、肉体の変化や重量といった成果を追い求めているけれど、何かしんどいなと思ったならば、肉体へ過度な負荷をかけるのを少し休んでみることをお勧めします。「力」をつけていくのは大切ですが、際限がありません。この先も運動習慣を続けるならば、ちょっと立ち止まって、自分の体を効果的に動かせるための筋力が最低限あればいいか、と思うことも大切だと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。