アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

行動すればいいってものでもない【「動」よりも「静」の姿勢】

アラフォー童貞のODです。

 

私はこのブログにおいて、行動することの重要性をお伝えしております。それはもちろん、考えなしで物事を進めればよいということではなく、ある程度の準備や考えられるだけの思考を行ったうえでの行動です。

 

しかし、世の中には、意図的に行動に移さないほうが良いこともあります。

 

例えば、会話中に沈黙がおとずれて気まずくなったとき、「何かしゃべらければ」と思うばかり、頭に思い浮かんだことを次から次へとまくし立てる様にしゃべる、という人は少なくありません。

仕事や家庭の問題やトラブルに対して、「すぐに対応しなければ!」とよく吟味もせずに動いたばかりに、事態が悪化することもあります。

 

これらに共通することは「とりあえず落ち着け」ということです。行動すると言う前に、今は行動するタイミングか、行動するに適切な状況か、といったことを判断するのです。

 

沈黙が気まずくて「何かしゃべらければ」と思うならば、「黙ったままでいる」ということも1つの選択です。沈黙という空間を共有するということだって、意義はあります。何もしゃべらない状況でもお互いがリラックスしていれば、それは穏やかな空間に変わります。

また、特にお悩み相談を受けているときに「何かアドバイスをしなければ」と思うがあまり、相手の話をないがしろにしてしまうこともあります。大切なのは、相手の話すことが悩み相談であっても、その人が昨晩見た夢の話であっても、ひたすら聞き続けることです。会話は「何を話すか」という「動」より、「何を聞くか」という「静」の姿勢でいれる人のほうが貴重です。

相手はしゃべることがないから黙っているのではなく、次に自分の言いたいことを考えて、組み立てている最中だから黙っていることもあります。相手の言いたいことが整理するまで、黙って「どうぞ、私は待っていますよ」というのんびりとした態度でいるのです。

 

また、身近な問題やトラブルに対して、「すぐに対応しなければ!」ということも、そもそも目の前の事象が、本当に問題かトラブルなのかを判別することが大切です。もちろん、自然災害が起きたとか、トラックが突っ込んできたとか、猛獣が目の前に現れたということは別として、人間社会に起きることというのは、大半がたいした問題ではありません。問題やトラブルと見なしているのは、当事者だけということもあります。

特に「これは自分で何とかできる問題か」と考えたときに、同じく大半のことは個人の力ではコントロールできないことがほとんどです。それなのに、何とか対応しようとするから、それは問題やトラブルへと昇華されてしまうのです。「どうしようもねーや」と諦めることも大切です。

その一例として、コールセンターや苦情受付で有能な対応とは、相手からの要望や苦情に対して何でも答えられる人ではありません。これもまた上記と同じになりますが、「ひたすら相手の話を聞く」ということに尽きるのです。どんな種類の話であっても、言う方にはひたすら「動」をとってもらい、こちらはひたすら「静」の態度をとるのです。すると、相手は不満などがあったのに、自分の話を聞いてもらうという、人間として認めてもらえたということに満足するのです。

もし、要望や苦情を受け付けた人が「何とかしよう!」と下手に提案などしようものなら、相手は「不満のある自分という偉大な存在に対して、その程度の提案しかしないのか! ムキ―!!」と火に油を注ぐことになります。

 

では、行動すべきことかどうかは、どう切り分けすれば良いのでしょうか? これは、すべての事象に当てはまるわけではありませんが、大雑把に言うと、「自分のことだけならば、迅速に行動に移してよい」のですが、それ以外の場合は次のように考えてください。

 

「他人が関わる場合は、タイミングなど吟味して行動する」

「出来事のきっかけが自分以外からの場合、「動」より「静」の姿勢をとる」

 

・・・というように、自分単独のことは「動」の姿勢、他者視点が求められることは「静」の姿勢を第一とする、と考えて良いと思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。