アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「処女厨」である自分に悩んでいるなら、安心してほしい

アラフォー童貞のODです。

 

処女厨という俗語があります。これは自分が好きになった女性、お付き合いしている女性、憧れの女性、これから自分がセックスをするだろう女性など・・・自分の意中の相手がまだ性経験のない処女であり、かつ自分が初体験であってほしいと強く望んでいる男性を指します。処女厨はネット上では「こじらせ」の一種、というように認識されているようです。

まるで処女でない女性は価値はなく、どんなに好きになった女性であっても経験があると恋の熱が冷めてしまったり、それどころか相手に嫌悪感を抱くようです。可愛さ余って憎さ百倍という言葉がありますが、まさにこの状態です。

 

処女厨が処女でない女性を嫌悪する理由は色々あるようですが、一番は自分以外の男の存在があるからでしょう。要は、自分よりも先に意中の女性の裸を見た男がいて、その男に肌をまさぐられ、竿を入れられた、何なら膣内射精された・・・なんてことを想像するだけで感情がぐちゃぐちゃになってしまうのです。大切なものを汚された状態で自分のところに来たように思うのかもしれません。

これだけ見ると、極端な嫉妬深い男のように見えます。もちろん、人間は心に決めた相手にとってオンリーワンかつナンバーワンでありたいと思うものなので、嫉妬心はあることは仕方ないと思います。しかし、処女厨は嫉妬だけで、好きになった女性が他の男と性行為をしたからといって嫌悪するのでしょうか?

 

きっと生物学的、心理学的な見解はたくさんあるでしょうが、個人的な見解をお伝えしますと・・・単純に「視野が狭いから」だと思っております。

 

 

このように思うのは、私自身が処女厨であったことがあったからです(もしかしたら、ちょっと種類は違うかもしれませんが、私は処女厨の部類だと思っております)。一時期、私は引きこもっていたことがありますが、その時期はロリ系や処女性のあるポルノばかりに傾倒しておりました。おそらく、その時期のメンタル状態は、誰からも攻撃を受けたり非難されることが怖かったので、清純性のある幼い少女に性の対象を向けていたのでしょう。一方で凌辱系も好んでおり、特に処女の女性が泣きわめくようなポルノにとても興奮しておりました。そのようなポルノをオカズに自慰におよんでばかりいたので、処女じゃなければいけない、というよりも処女に対して自分の竿で喘がせたい、という屈折した感情があったのだと思います。

 

しかし、ポルノはファンタジーです。実際に幼女に対して性欲を向けるとか、女性を暴行しようとしたら犯罪です。それに、あの手のフィクションの内容をそのまま現実でやろうとしたら、仕掛けも体力もお金も必要です。やらないにこしたことはありません。そのようなことをするために、わざわざ処女を限定するということも骨が折れるでしょう。処女かどうかなんて、嗅覚で分かるものではないでしょうし。

そもそも、処女かどうかなんて表面的にはわかるものではありません。プロフィールに「処女である」「男性経験がない」なんていう前提条件なんて、人を好きになるとか、憧れをいただくときには思うことはありません。その人が処女であると分かって好きになるのではなく、何となく「この人、素敵だなー」などと思って、話しかけたり、アプローチするはずです。

(「あいつは処女だ・・・ターゲットにして、落とすぜ」なんていうのは、エロ漫画系のキャラクターくらいでしょう。もしかしたら、そのような考えの人もいるでしょうが私からしたら、逆に根性あるなと思います)

 

それに気づいたのは、社会復帰して、毎日ヘトヘトになるくらい仕事に専念する日々を送っているうちに、身近にいるシングルマザーの同僚に好意を抱くようになったからです。急に恋心を抱くようになったわけでなく、時にはその人にイラっとしたりもしたし、仕事上で意見を違うことだってありましたが、次第に「この人、素敵だなー」と思うようになって、そこから毎日のように自慰におよんでいた童貞が、オナ禁したり、生活習慣を変えたりしたのです。ここまで頑張れたのは、「この人とお付き合いしたいな」と思えたからです。

アラフォーで童貞の自分が・・・とも思いましたが、やるだけやってみようと思えたのは、その女性が好きだったからでしょう。もともと処女厨の自分が、もうお子さんがいる女性にアプローチをしようと思ったのです。そこに気づいたとき、「人を好きになるって、処女かどうかなんて関係ないじゃん」「この人が、それまで何人の男性と関係をもったかなんてどうでもいいじゃん」と、処女とかどうかなんて、バカバカしくなったのです。

まあ、好きになった人が、もともと旦那さんがいたことがあって、子持ちで、今はシングルマザーなんていうことで、色々と思う段階をすっとばしたから麻痺してしまったというのもあるでしょうが、大切なことはその人の「プロフィール」ではなく、「今のその人がどうであるか」なのです。もちろん、性的な面も見てしまうことはありましたし、今でもあります。その人に対しての恋心を区切ってからも、ときどきムラっとすることはあります。これは反応なので仕方ありません。魅力的なのだから仕方ありません。

 

処女厨であった時期の私は、引きこもっていたときは自宅という空間でしか女性を知らなかったので、その人が処女かどうかとか、何人と経験したかなどの、性のプロフィールばかりに目がいっていました。しかし一旦外に出てみたら、女性に対してそこばかり見ているのは失礼だと思ったのです。それは1人の人間を見ていないということと同じです。

 

もし、自分が処女厨であることで、なかなか女性とお付き合いできない、恋ができない、嫌悪感を抱いてしまう、というならば、そこはポイントではないと思ってください。そこに気づくためには、やはり人と話す機会を増やすとか、現在の環境以外と接して視野を広げるという事をお勧めします。

上から目線の物言いに聞こえたら申し訳ありませんが、処女厨であることに悩んでいる、ということは成長の兆しだと思います。かつて処女厨だった私という、色々とすっとばしてシングルマザーの女性に恋をするようになったというモデルケースもあります。系統は違いますが、処女厨である自分への悩みは、視野の狭い自分から脱却できるチャンスだと思ってください。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。