アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

有能な個人よりも、組織のシステムのありかた【現代における組織論】

アラフォー童貞のODです。

 

人は誰しも周囲よりも有能でありたいと思うものです。あるいは、周囲から有能であると評価されたいと思うものです。

 

それ自体は自然なことです。人間は社会という共同世界において、人と同じであることを潜在的に望む一方で、自尊心を満たしたいものです。そこで、自分が得意なことや大好きなことで評価を得たいと思い、大々的またはそれとなくアピールしてしまうこともあります。それは人間という生物として仕方ないことなのです。

 

しかし、それはあくまで個人の範囲ならば問題ありません。チームや組織においては、迷惑になることがあります。特に、現代は個性の時代と言われるものの、結局は人と人とが協調しなければ生きていけません。そのための分かりやすい形が会社や団体といった「組織」です。

 

特に現代においては、組織のなかで1人のスキルが突出して高くても、あまり意味はありません。組織自体のレベルが高いのならば問題ありませんが、一定の水準を維持することが求められる組織においては、高いスキルの個人もそれに準じる必要があります。

 

例えば、三ツ星レストランのシェフが、チェーン店のファミリーレストランで働いたとします。いくらシェフがレベルの高い料理を作れたとしても、自分の料理を振る舞いたくても、ファミリーレストランのレシピに準じなければいけません。もしかしたら、バイトだって調理をしているかもしれませんが、そのバイトと同じ動きをしなければいけないのです。なぜならば、お客さんはファミリーレストランの味を欲して来店しているからです。どんなに美味しくて感動するような味を提供したとしても、ファミリーレストランにはそこまで求めていない、というお客さんだっているはずです。しだいに足が遠のく結果になることだって考えられます。

また、1人のレベルが高いことによって生じるのは、スタッフ間で提供するサービスにバラつきが生じることです。上記の例で言えば、三ツ星レストランのシェフがファミリーレストランで美味しい料理を提供したとして、他のスタッフにも作れなければ意味はありません。そもそも、チェーン店であれば、一定の研修によって、どのスタッフでも同等の味を提供できる仕組みがあります。いくらレベルが高くても、その体制を崩すというのは組織の一員として問題行為です。

 

ここで「体制」という言葉を使いましたが、つまりは組織の「システム」です。チェーン店のファミリーレストランにおいて、一定の研修とレシピと材料に統一性を持たせるのがシステムです。このシステムがないと、お客さんは来るたびに味や具材の違う料理を口に入れることになり、なんだか落ち着かなくなります。また、ファミリーレストランで働くスタッフだって「今日はどう作ればいいのだろう・・・」と不安になります。そこで「よし、ここで俺の腕の見せ所だ!!」「何でもいいから、できるものを出そう!」というわけにはいかないのが現代です。

 

また、組織のシステムを整えることにより、ミスや失敗が生じたときに再現性をしやすいため、その後に活かすことができるメリットがあります。それが個人の力によるものであれば、一体何が要因かわからなくなるばかりでなく、いつまでも同じミスや失敗が生じる羽目になります。

 

最後に。

私たちは有能でありたい、ヒーローになって一目置かれたいという願望があります。しかし、それはプライベートにとどめておくべきです。共同生活である社会、組織においてはシステムに準じるほうがメリットや恩恵が大きいのが現代です。個性を出すのはほどほどにして、組織のシステムで丁寧に物事を遂行するほうが価値があります。そのなかで、ほんのちょっと光るのが個性、と言えるのではないでしょうか?

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。