アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

唾と悪言は口から出すな

アラフォー童貞のODです。

 

『ブーツレグ』(著:ヤスダスズヒト)という漫画が好きです。本記事のタイトルは、この漫画の第1話より抜粋したものです。この漫画の魅力について語りたいところですが、本記事はそういう趣旨ではありませんのでご了承ください。

 

さて、インターネットやSNSによって自分の意見を簡単に投稿できる時代です。しかも、スマホタブレット端末という持ち運べる通信機器があるため、何かしらの情報や他人の考えに触れることもできますし、それに対してすぐにコメントすることもできます。このブログはパソコンで書いておりますが、簡単に投稿できる媒体と言えば同様でしょう。

 

ところで、ちょっとした雑談に興じているときや会議などで意見交換をしているときなど、そこで自分の意見や考えを言い始めたら、だんだん気持ちが乗ってきたことはないでしょうか? 特に自分が得意としていること、大好きなこと、自分しか知らないであろうこと、普段思っていること・・・こうなると、しゃべっていると止まらなくなってしまうものです。そうしてハッと気づくと周囲が感嘆したり、驚いたり、ちょっと引いてしまうなどの反応を見せます。

対面しての会話であれば、このように「しまった、言い過ぎた」と客観的になってブレーキをかけることができますし、周囲から「そろそろ、他の人の意見も聞こうと思うので・・・」と制止されることで中断することもあります。

 

しかしインターネットやSNSなどでは、無尽蔵に自分の意見や考えを言うことができます。それこそ自分のコメントや投稿した内容を客観視できないまま、チェックや推敲することのないまま、思うがままにインターネット上に垂れ流すこともできます。

その一方で、自分の個人的な意見なのに、さも多数の人間も同様の意見を持っているかのように、かつそれが正義の側の意見であるように予防線を張ることもあります。このような場合に「叩くべき相手がいる」ということが前提です。いわゆる炎上であって、非難の対象である「敵」「悪」がいてこそ正義というのは発揮されます。それを隠れみのにして、自分の意見を伝える人も少なくないです。

 

前述したとおりインターネットやSNSでは誰も止める人がいません。このような状況が続くと、正義感が暴走するようになります。叩くべき相手の存在感、言動などが際立てば立つほど、正義を盾に、いや正義を刃物にして「やっつけてやれ!」とスマホの画面やパソコンのモニター前で鼻息を荒くしながら自分の意見を送り続けます。そこにはきっと、自分と同じ正義感をもった人たちがいて、叩くべき相手を非難し続けます。まるで自分は大きな軍隊を引き連れて、巨悪と闘うような錯覚に陥ります。

 

・・・このような状態になると冷静になれないと思いますが、少しでもスマホやパソコンから離れる機会があれば、ちょっと考えてみてください・・・「インターネット上で正義を言っている自分は価値があるのか?」と。また、「正義を口にして、見たこともない相手をやっつけようとしている自分が、なりたい自分なのか?」・・・と。

 

おそらく、そんなことはないでしょう。他人を叩いている間は気持ちいいかもしれません。自分の言いたいことを言ったり、正義感を振り回すのは快楽の1つです。しかし、そこには何も残りません。残念ですが、インターネットやSNSに乗せた自分の正義感なんてものは、法の改正にもなりませんし、誰かを動かすこともありません。書籍や映画化もしません。

炎上とは良く言ったものであり、出来事としてはほんの一時的なものであり、燃え盛った後には何も残りません。社会的には何の価値もないのです。そんなものに積極的に参加するのは時間のロス中のロスです。無駄です。そんなものに参加するくらいならば、ポルノ見て自慰行為にふけってスッキリしたほうがまだ有意義(?)です。

 

とはいえ、誰しも「これは許せない!」「この考えは間違っている!!」「自分が一言もの申したい!!!」「社会に一石を投じたい!!!!」と思うものです。私もこの感覚は理解できますし、仕事やプライベートでもよくあります。しかし、それを強く周囲に言ったところで、何かが大きく変化することはありませんでした。大抵の場合は労力の無駄で終わりました。それどころか、後で考えればさほど大袈裟な話でもなかったこともほとんどです。むしろ、自分の価値観や正義感、正したいことなどを感情的に口にするというのは、他人からすれば一種の悪言となりえます。となると、黙っているのが吉ということです。

 

他人の悪口や他人が不愉快になる言動、ネガティブな考え、そして上記のような自分のどうでもよい正義感はすべて悪言と考えるべきです。そして、「唾と悪言は口から出すな」の精神を持つのです。別にその気持ちを墓まで持ち変える必要はありませんが、悪言を口から出したいと思ったら、ゴクリと唾と一緒に飲み込んでしまいましょう。インターネット上に転がっている数多の情報の中に許せないことがあっても、カッとなって自分の意見や正義を投稿するのはやめましょう。そんなことをしても、何も変わりません。まずはゴクリと飲み込みましょう。飲み込むのは唾じゃなくて水でもお茶でもよいです。とりあえず、ぐっと堪える対策と習慣を作るのです。 

 

 

そのためには、まずはインターネットの情報、SNSなどを見る機会を減らし、他人の意見が目に入るのを避けるべきです。ニュースや新聞もあまり見ないことをお勧めします。これらもまた、正確性に欠けますし、記事を書いている人や出版社の価値観も混じっていることがります。

また、「この意見は賛成だ!」と思っても賛同しないことも大切です。自分と他人の意見が同じことは嬉しいのは分かりますが、上記のとおり、同じ意見の母数が大きくなればなるほど自分が正しい価値ある存在と勘違いしてしまいます。こうなると感情の大波に飲み込まれて溺れて日常生活を無駄にしてしまいます。まったく賛同するなとは言わないものの、せいぜい「いいね」ボタンを押すだけに留めましょう。わかったようなコメントは避けましょう。

 

改めてお伝えしますと、このような記事を書いておきながら、私も自分の意見は言いたいものです。感情を吐露したいし、共感し合いたいのは理解しております。しかし、すぐにアウトプットすることはしません。例えば、まずはノートに書くということをしたり、メモ帳アプリに書き込んでおき、しばらく放っておくようにします。そうして、後で見た時に何とも思わなければ、そのときの感情はそこでお終いです。それでも何だかモヤモヤしていたりまだ同様の気持ちが残っていたら、そこには何かしらの気づきがあるのかもしれません。仕事に関わることならば同僚に意見を求めたり、表立って言うことでもないことならばブログにまとめるということで昇華しております。

 

何はともあれ「唾と悪言は口から出すな」を心がけていきたいものです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。