アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

刺激がないという「幸せ」

アラフォー童貞のODです。

 

私たちは刺激を求めます。黙っていても求めます。それは脳が勝手に「刺激が欲しいよー」と命令するからです。それを私たちは自分から湧き上がる欲求と勘違いしまいます。刺激の対象は様々です。脳が1度覚えてしまった刺激ならばすべてが対象です。これは喜怒哀楽や快楽といった感情や反応と呼ばれるものも、刺激に含まれます。

 

意外かもしれませんが、怒りや悲しみも脳が求める刺激の1つです。脳は刺激になるのであれば、何でも良いのです。悪食なのです。「あいつが悪いから、俺はムカついてるんだ!」とか「あの人の態度がひどいから、私は悲しいんだ」というのは、原因そのものが問題なのではなく、怒りや悲しみの感覚を脳が刺激として覚えているから、きっかけがあれば「怒れ」「悲しめ」と命令を出すのです。それを私たちは、原因そのものに目を向けてしまうため、いつまでも感情に振り回されてしまうのでしょう。

 

快楽も色々あります。顕著な例として、甘い物を食べたり、タバコを吸ったり、エッチなものを見て自慰にふけったり・・・といった外部からの刺激によって脳が緩慢になったり、麻痺したりすることを一度でも覚えてしまうと、脳はその刺激を要求します。色々な理由をつけて誘惑してきます。「疲れているからチョコレート食べようよ」「仕事に休憩は必要、一服しようよ」「オナニーすると気持ちが落ち着くらしいよ」などと表面的には肉体のためを思っているようで、その実は脳が刺激を欲しているだけなのです。

 

しかし、これらは程度の差はあれど、その先にあるのは決してポジティブなことではありません。成功や成長に結びつくことはあまりありません。ほとんどの刺激は百害あって一利なしのものばかり。一時的には感情や欲望を発散することでストレス発散のような感覚を味わえますが、その先にあるのは「不幸」です。

 

・・・と、このように考えていくと、長期的に見れば、刺激がないほうが「幸せ」と言えるのではないでしょうか? 

 

このように書くと、怒ったり悲しんだりはさておき、喜んだり楽しんだりするのは良いのではないか、と思われるかもしれません。また、糖分や性欲だって人間には必要であるとも言われるかもしれません。

確かにそのとおりです。喜怒哀楽はいらないとなると、人間というか生物として生きていると言えるのかという話になりますし、糖分なども栄養の一部であり性欲も子孫繁栄のためには必要なことです。しかし、このような感情や欲望があるおかげで苦しんでしまうというのもまた事実です。

 

つまり、刺激があるから人間的とも言えるし、刺激がなければ苦しむ要因を作らずに済むとも言えます。何だか「卵が先か、ニワトリが先か」のような議論です。おそらく、刺激がないという状態を良しとしたのが仏教における「悟り」なのかもしれません。

 

とはいえ、別にすべての刺激を放棄すればよい、という話をしたいわけではありません。特に現代を生きる私たちは、刺激を受けないという暮らしは不可能です。スマホやネット、人間関係を手放し、最低限度の暮らしをするといっても限度があります。世俗から離れて自然の中で暮らしたところで刺激というのは姿を見せます。刺激を完全に遮断するのは困難です。

 

では、刺激がないことによる幸せは得られないのでしょうか? ・・・ここまで書いておいて何ですが、刺激がない幸せというのはどんな状態なのかは曖昧です。しかし、刺激を減らすことで、わずかでも苦しみを減らすことができることは確かです。刺激から意図的に逃げることで、幸せに近づけることはできるはずです。

 

そのためには、自覚でも無自覚でもいいので、日常において自分が刺激と感じているものとそうでないものを切り分けする必要があります。人間関係で言えば「この人の近くにいればイライラする」となったら、嫌われても良いので離れれば良いですし、「この人の近くにいれば安心する」となったら現状維持、といった具合です。スマホやインターネットだって、しょっちゅう届くSNSの通知やラインなどに敏感になったり、生活に必要ないレベルで金銭を投じていれば控えれば良いですし、天気予報などの確認くらいに使うならばOKみたいにすればいいです。

このあたりの区別は自分でどこまで刺激になっていて、どこからがOKかをジャッジするのも刺激を控えるためのトレーニングになると思います。

 

その一環というわけではありませんが、断捨離も1つの刺激を手放す手段です。着ないのにタンスの中にある衣類、読みもしないのに作者が好きだから段ボールに入っている漫画、可愛いと言うだけで買った文房具など・・・これらもため込むことで環境因子としての刺激になっております。

私自身、定期的に断捨離はしております。断捨離の期間は部屋の入口に紙袋かダンボ―ルを置いておいて、仕事から帰ったら(処分するかどうかは後で判断するものとして)1日1つか2つを紙袋などに入れて、処分する方向づけをしております。

 

習慣から刺激を減らすのは難しいですが、まずは物理的に身近なものを手放すというところから始めてみてはいかがでしょうか? 幸せまではいきませんが、心が何かから解放された気分になれることは確かです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。