アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

駄目なところばかり目に入るのは「楽」だから

アラフォー童貞のODです。

 

名乗りどおり、いまだにアラフォーという年齢で童貞です。女性経験はないですし、生で女性の裸を見たこともありません。風俗にも行ったこともありません。女性とデートや食事に行ったことがありません。しかも、そんな自分のまま社会で生きていく意欲を失って、いわゆる引きニートでいた時期もありました。そうして、「自分はいい歳こいて、童貞の引きこもり」と自分をけなしてばかりいました。この世を去りたい、というよりも駄目な自分を消し去りたい・・・そのような口癖をぶつぶつと呟いていたのを覚えております。

しかし、駄目な自分を否定してばかりいても、それで状況は何も変わりませんでした。ネガティブな思考で自分を否定することばかり考えて、それを忘れようとするためか自慰行為ばかりしていました。経験は何も増えず、増えるのは無駄な時間の浪費と使用済みティッシュばかり。

現在は社会復帰して、それなりな立場と経済力を得ることができております。自慰行為はそこそこにどころか、一時期は自己改善の一環として禁欲という習慣も行っていたのですから、人間は変わるものだなーと他人事のように思えます。

 

さて、そんな今だから思えることが色々とあります。その1つとして挙げられるのは「人間は自己否定をする生き物だが、そこで発展することは何もない」ということです。例えば私の場合、「自分は童貞だから・・・」「引きニートだから・・・」と否定したり、駄目な部分をあげつらえても何も起きませんでした。当然です、一人で部屋にこもっているところに自分好みの女性が現れて、エッチをさせてくれることなんてありません。自慰行為ばかりしていて、就職が決まるわけでも、お金が振り込まれるわけでもありません。

私の例でなくても、誰しも「あー、自分って頭が悪い」とか「俺ってブサ男だからモテない」とか「何て私は要領が悪いのだろう」とか「自分は足が遅くてドンくさいし・・・」とか言ってみたとしましょう。・・・きっと、何も変わらないでしょう。自分の駄目なところを言うばかりで行動しないままだと、事態は悪化することもあります。

 

結局、私もそうだったのですが、自分の駄目なところばかり目に入るというのは、立ち止まっているままの状態にすぎません。そして、立ち止まっている自分のままでいたいから、いつまでも自己批判を繰り返すのです。それはなぜかというと、自分の駄目なところばかり言い続けて、同じままの自分でいるほうが「楽」だからです。

人間は本能として安定を求めます。イベントや刺激を求めるわりに、いざ環境や自分に変化の兆しが現れると不安や恐怖が湧き上がります。そうして、一生懸命に今の状態であろうと奮闘するのです。世界の歴史を振り返ってみても、革命やクーデターの中には社会を変えるための活動とは別に、それに抗うように現状維持のために争いもあります。客観的に見れば改善したほうがいいのに、多少苦労していても現状に慣れている人たちからすれば「せっかく落ち着いているんだから、余計なことするなー!」という認識なのです。

 

このように、世界や社会規模でも変化したくない、現状維持の安定志向があるのですから、個人においても当然そのような思考はあります。そして、個人における現状維持の反応の1つが自己否定である、というわです。駄目なところばかり目に入れては「自分は駄目な奴」といって、何も変わらない自分でいようとするのです。

それに分かっているのです。自分を変えようとする事には労力がいるということに。そして、自分の良いところを見つけるには苦労することに。自分に良いところを身につけるには努力が必要であることに。もっと言えば、自分自身、自分の環境などに変化をもたらし、自分に良いところを見つけられるようになうには、まずは自分自身を知らなければいけないといのも面倒なものですし、自分を直視するのは精神的に負担にもなります。できるならば避けたいと考えるものです。しかし、この工程を避けずにわずかでも自分と向き合うと、前進することができます。

 

自分を変えたい・前進したいと思っているけれど、今の現状の駄目な自分の何かが障害になるのではと考えている人もいるかもしれません。しかし、そこはあまり気にする必要はありません。そう言い切れるのは、今現在の私自身が特に気にしてないからです。

冒頭の名乗りどおり、私はアラフォーで童貞です。これは世間的にはおかしい状態らしいです。中年童貞が増えているということを問題にしている記事を読んだこともあります。社会的には20代過ぎくらいには性体験を済ませているのが当然らしいです。それ以外の成人男性は駄目な部類らしいです。こういった社会が勝手に作った評価を30代前半までは気にして、焦っておりましたし、周囲にバレないかとビクビクしていました。特に社会復帰してからは「彼女いないの?」といったことを聞かれるたびに、性体験の話になるのではと怯えておりました。また、立場が上がるにつれて性体験のなさが仕事のクオリティや社内のコミュニケーションに支障をきたすのではと思ったこともありました。

・・・しかし、私が童貞であることは、日常に何の影響はまったくありませんでした。現在に至っても支障はありません。自分の部下に指示を出すときも、他部署の人と打ち合わせするときも、外に出てPR活動やプレゼンをするときも、私がアラフォー童貞であることは全く関係ありません。そもそも、自分も自分以外の人たちも自分のことで精一杯です。周囲の動きや感情を気にしていながら、実際は自分の安心材料にするくらいでさほど興味がないものです。そのため、仕事をするうえで「こいつ、童貞かも」「童貞だから良い仕事ができないかも」ということなんて考えている暇なんてありません。逆に言えば、私だって他人の生活スタイルなんて気にしていません。今現在のスキルや言動や考え方は気にしますが、プライベートの話というのは、相談されない限りは仕事において気にしません。むしろ、気にしていたら失礼と言うものですし、余計なお世話です。

 

最後に。

全体的に脱線してきましたが、何が言いたいのかというと、自分の駄目なところばかり指摘したとしても、何も変わらないということです。その背景は自分の素質に問題があるのではなく、人間という現状維持のまま安定したいという「楽」したいからという本能によるものからきております。しかし、自分に少しでも向き合って現状維持な自分から脱却しようと思うならば、自己否定をすることの無意味さに気づくはずです。

また、今の自分の駄目さが現在やこれからに影響するということはありません。かつて引きニートのアラフォー童貞が、現在はアラフォー童貞ですが、仕事やプライベートでこの自分が周囲や社会に迷惑をかけてはおりませんし、仕事も人間関係もそこそこ充実しています。自分が駄目と思っていること、社会が駄目と評価しているところなんて、そんなものです。駄目な自分はさておき、一歩踏み出せる価値はちゃんとあります。存在意義はあるのです。

「こんな私がいるから頑張れ」なんて無責任なことは言いません。しかし、自分の駄目なところばかり言ったとしても、それは自慰行為の使用済みティッシュが増えることと同義ということは言いたいのです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。