アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

何をもって「駄目な自分」なのか?

アラフォー童貞のODです。

 

「俺って駄目な奴だな」「自信がない」と思ってしまうことは誰でもあります。私もあります。ただし、誰にでもあるけれど、このような自己否定をする頻度によって人生の質は変わってしまうと思います。

 

自分に対しての駄目出しというのは、大抵の場合は「自分の失敗」か「他人との比較」によって湧き上がるものです。

 

仕事のミスやテストの計算間違いによって「何でこんなことしてしまったんだー、俺ってバカだなー」というのを笑える人と深刻に捉える人に分かれます。これらはどちらが良くて、どちらが悪いという話はありません。何でもなんでもポジティブ思考になれとか、ネガティブ思考を違う視点で見ましょうとかは言いません。ポジティブ思考って人によって向き不向きがあると思いますし、楽天家と楽観思考というのは使い方を間違えるとただの考えなしになってしまいます。

とはいえ、どちらの思考パターンの人でも失敗というのは、必ず誰でもしてしまうものですし、人生がうまくいっている人でもそうでない人でも絶対に避けて通ることはできません。そこで何度も失敗を繰り返し悔やむことに時間を費やすか、失敗を「これって、同じことが起きたときに次はどう対処すればいいかな?」「これって何か活かせないかな?」と思うことに時間を費やすかで違いが生まれます。タレントさんによってはテレビで失敗談をオープンに語る人もいます。自分の失敗を自分の飯のタネにしているのです。あるいは「この失敗を誰かに伝えたい」という気持ちもあるのかもしれません。

きっと、多くの人は自分の失敗に対して大袈裟に捉え過ぎなのです。プレゼンで失敗しても解雇されることはありませんし、受験で失敗してもまたトライすることができます。就活で10社面接に落ちても、日本だけでも400万社あるそうです。1~2人のスタッフが風邪で1週間休んでも、キツイですが会社は何とか回ります。失敗してから1年経ってみると気づくと思いますが、そのときの失敗なんて覚えていることは稀です。そのころには自分も周囲も、そして世界も変わってしまっています。誰かの失敗を1年経っても詳細に覚えている人は、きっと暇なのでしょう。時代に適応しようとするならば、自分の失敗を生きる糧にするくらいの図太さが必要なのです。もちろん、臥薪嘗胆という言葉があるように、自分の人生を変えるような失敗や痛みは、自分のあっても良いと思いますが・・・。

 

次の他人との比較ですが、私は他人と自分を比較するというのはある意味では必要だと思います。それは自分の実力や立ち位置を把握するためという意味であって、自分の成長のために何の実力を身につければいいのか、どのようにそれが身につけることができるのかを検討するため、短期目標に据えるという考えならば有効です。また、その人のあり方が自分と違うときに、自分ができること・できないことの見極めて、生きるうえでの差別化や指針にするのもアリだと思います。

しかし、身近な少数の他人と比較して、「自分は平均に至ってない」とか「あの人のように自分はできない」と思うのは時間の無駄です。そう思うことで自動的にお金が得られたり、自分の身体能力が上がるのであれば良いですが、自分は「谷」で他人は「山」であると見なして上ばかりうらやんでいても、自分に良い変化は訪れません。それどころか心身やモチベーションはどんどん下がるばかりです。実際、他人と比較して「自分は駄目な奴なだー・・・よし、頑張るぞ!!」なんて思う人はいません。そもそも意気込める人は、他人と比較した段階で改善や成長のための学びを得ようとします。

あと、現在ではインターネットを通じて「見えない他人」と比較することができます。それを見てどんどん陰鬱になって、「自分は駄目」と自己否定に走っても、その「見えない他人」にとっては何の影響もありません。例えば、私は40歳手前で童貞ですが、私がいい歳こいて女性経験がないということを気にしたとしても、「中年童貞は駄目だ」「女性経験がない奴は異常」なんて記事をオープンに書いている記者や投稿主にとっては影響はありません。仮に私がそのような人たちに「私はアラフォー童貞だけれど、人生は楽しいですよ」と言ったところで、童貞否定派や童貞嫌悪厨の人には私の意向なんて届かないでしょう。

 

まとめますと、「自分は駄目な奴」という自己否定派というのは、「自分の失敗」と「他人との比較」によって生じる感情です。しかし、それぞれは活用しようによっては意味がありますが、頭の中で反芻したり自分の至っていないところを掘り下げるだけで終わるだけなら意味はありません。別に私はアラフォー童貞の自分を活用しようとは思いませんが、このブログを長々と書けているのは、その原点は自分がアラフォー童貞であるという側面があります。もしかしたら、何かのタイミングで性体験をしたらいきなり終わるかもしれません。

 

ありきたりな言い回しかもしれませんが、何をもって「駄目な自分」とするのかは、結局は自分自身にしか他ならないということです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。