アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

現代における「資格」の意義

アラフォー童貞のODです。

 

今回はお仕事関連の話です。

さて、就職やキャリアアップのために資格が必須と考えている人は少なくないようです。(ここでいう資格とは、何かしらの試験を通過して公的又は民間から発行されるライセンスを指します)

 

管理職いう立場から、求人に応募してきた方々と面接をする機会が少なくないのですが、私は履歴書において資格を見ても特に何も思いません。それは、資格があることと即戦力であること・実力があることは、あまり関係ないと思っているからです。これは本ブログで類似のテーマにおいて幾度かお伝えしておりますが、ここ2年くらいは考えが変わっていません。それどころか、年々確信が強まっているくらいです。それは私の考えが正しいということではなく、世の中が変わってきているためだと思います。

 

私たちがよく思いがちなことですが、私たちは資格というものに幻想を抱きすぎです。資格を持っている自分自身は価値があると考えがちですし、面接官などの資格保有者を評価する側もまた、その人が資格に見合う実力を持っていると認識しがちです。

しかし、それは大きな間違いです。例えば、運転免許という資格をもっていても、日常で運転する機会がほとんどないならば、それは運転スキルが維持できていないということです。免許更新も「年間〇km以上走行していること」といった運転頻度を確認することはなく、余程のことがない限りは一定時間の講習を済ませて終わるだけです。そのような人が運転を要する仕事に応募してきたとしても、普段運転していないなればリスクがありますので、本人がいくら運転業務に挑戦したいといっても、私はいきなり運転する仕事をさせないか、あるいは採用はしません。

 

また、世の中の変化により、資格の意義づけが微妙になっているということもあります。別に資格が価値を持たないという意味ではありませんが、現代において「その資格がなければ、自分がやりたいことができない」「資格があるから、周囲よりも一歩秀でた存在になれる」という時代ではありません。

やりたいことがあれば、ツールやインフラが揃っておりますし、どうしても資格がなければ進行しないことがあれば、資格をもっている人を巻き込めば(雇えば)いいだけの話です。もちろん、自分自身が資格を取得するのも1つの手段ではありますが、それだと時間が掛かり過ぎて、せっかくの良いアイディアであっても枯れてしまったり、遠回りしているうちに他の誰かがやってしまうこともあります。

極端な話、資格というものは頑張れば誰でも取得できます。お金や時間の制限もあるでしょうが、どうしても資格をとりたい・とらなければと思う意気込みがあればいつかは合格できるでしょう。しかし、一生懸命に頑張って資格を持ったとて賞賛されるのは一時です。なぜならば、現代においては資格を取得するための学校やサービス、ネット上にも参考サイトがたくさんあります。資格を取得するだけならば、やりようはいくらでもあります。そのため、難易度が高い資格を世の中でたくさんの人が持っているため、せっかく頑張ってとった資格なのに、人より秀でることができるどころか、スタートラインに立っただけということもあります。つまり、価値がないということになります。

 

では、資格の位置とは何でしょうか? お金や時間を使って頑張るほどのことでもないのでしょうか? 努力は無意味なのでしょうか? 何の価値もないのでしょうか?

・・・そんなことはありません。ここまでお目通しいただいたのならば、なんだかモチベーションを削がれたと思うかもしれませんが、誤解なきようにお伝えしますと、資格を取得するということそのものに意味はちゃんとあります。

 

その意味とは「基礎力が身につく」「ふさわしい知識・技術が身につく」ということです。基礎があるということは重要です。基礎力があることは大きな信頼です。また、基礎に対して一歩ステップアップしたスキルを持っていることも意味はあります。大切なことは、その資格を持っているということは「私は基礎力があります」「私はこの資格を有するにふさわしい知識・技術をもっていますよ」ということを証明しなければいけないのです。そのような自分であり続けなければいけないのです。

上記の運転免許の例で言えば、ペーパードライバーがそのまま運転業務のある仕事に臨のではなく、レンタカーを借りていくらか運転してみたうえで面接に臨み、それを面接官に伝えれば、先方だって「ああ、そこまでしているならば採用してもいいかな」となります。望ましいのは、資格を取得したならば、その基礎力や知識・技術を維持する努力を日常で鍛錬しておくことです。そのうえで新しい情報も得ようとしたり、トレーニングしたりの習慣があるならば、その人は資格保有者を名乗り、かつ価値のある存在であると思います。

人によっては、過去に取得した資格をもって「自分に価値がある」と言い張ることもあります。このような人は基礎ができていることよりも、自分しかない特別なスキルを証明したがります。そうして、今いる職場でも新しい環境でも、自分が自慢したいスキルをあらゆるところで活用しようとしたり、適合しない作業でも流用しようとします。このような人は価値がないというよりも、ただの困った人です。

 

大切なのは、資格をとって「これで私は価値がある存在になった、一安心」ではなく、そこから新しい学びを求めたり、今いる環境における課題を(押し付けない程度に)解決できるために役立てないかを考えるのです。もちろん、資格をとるに至るに得られた知識や技術をすべて使えることはありません。しかし、明らかに以前の自分とは違う自分であることは間違いありません。「今の自分ならば、何かができるはずでは?」と一歩踏み出したとき、自分自身や周囲の人たちが抱えている「今一番、ここで優先して解決すべき事項は何か?」が見えてくるはずです。そこで職場などにその課題について提議してみたり、自分なりの考察を投げかけることが重要だと思います。

 

資格はあくまで通過点です。資格をもっているだけではなく、そのスキルをそのまま活用しようとするのではなく、1つのきっかけとして変わった自分で挑戦することが、私は本当の価値であると思います。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。