アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

他人が不機嫌でも「自分が何かしたかも・・・」と思わなくていい

アラフォー童貞のODです。

 

 普段は特段明るいわけでもない人でも、日によっては不機嫌に見えることがあります。そんなとき、周囲は「あれ、いつもと違う?」とか「もしかして怒っている?」と思うものです。心配というか不安を抱きます。

 このあたりはイメージ商売の芸能人の方々は大変みたいで、プライベートでファンに声をかけられたとき、仕事の場面でもふとした瞬間に声をかけられたときなど、テレビに出ているとは違う雰囲気や声のトーンでレスポンスをしようものなら「テレビとは人柄が違う」などと思われてしまいます。いつもは明るくハキハキした雰囲気で売っているのに、不意に声をかけられたために「え、ああ・・・どうも」なんて返答したところ「この人はプライベートでは暗い」などと、SNSなどでマイナスイメージが一気に広まるため注意が必要なお仕事だと思います。

 しかし、世の中は芸能人でない人がほとんどです。世間に顔を広めたり、社会全般にイメージを売る必要はありません。せいぜい気にかけるのは、家族や友人、職場の人や取引先の人くらいのものです。自分の振る舞いを誰かにSNSで書かれたとしても、会ったことのない人達にとっては「何の話だ」と思われたり、何なら見向きもされないでしょう。しかし、そんな私たち一般人であっても、周囲からのイメージというものを気にしてしまいます。

 これは仕方のない話であり、人間というのは共同社会で生きる生物のため、そのエリアが広かろうが狭かろうが、自分の存在が周囲からどのように思われているのかを気にするのは、極端に言えば自分の生き死に影響するので、当然のことと言えば当然と言えます。

 

 一方、このような自分がどう思われているのかを気にする性質のため、周囲の人の感情や言動の変化も気になってしまいます。単純に言えば「喜怒哀楽」です。その中で「喜」と「楽」は感情を共有しやすいですし、放っておいても相手は勝手に喜んだり楽しんだりしているのを見守るだけで良いでしょう。また、「哀」も話を聞いてあげたり、原因が分かっているものであれば時間が解決する、という考えをすれば、これも見守るしかないと言えます。しかし、他人の「怒」はやっかいです。「哀」は同情のしようがありますが、「怒」は下手に触れると大やけどしますし、こちらも「怒」の感情に飲まれて事態が悪化することがあります。

 

 さて、ここで注意していただきたいのが、身近な誰かが不機嫌だったり怒っている様子であるのに気づいて、不安感が高まって「あれ、自分が何かしたのかな・・・」と思う必要はないということです。普段はそうでもないのに、不機嫌な雰囲気を醸し出している人に出会うと、人によっては「あれ、自分だけにこの態度をとっているのかな」「だとしたら、自分が何かしたっけ」という検証を始めます。

 しかし、この検証は無駄です。なぜならば、他人が不機嫌なのはほとんどの場合、こちら側に原因はありません。まったく別の理由で不機嫌だったり、あるいはただの体調不良や(漫画であるような)歯が痛いとか、その程度の理由なのです。それを自分のせいで相手が不機嫌になったり、何か怒っているのではないかと思うのは、思い違いにもほどがあります。気にしすぎを通り越して傲慢と言えます。

 

  これまでの人生を考えてみてください。自分が不機嫌であるとき、何かに怒っているとき、その理由は特定の誰かが原因であったことはどれくらいあるでしょう。このように書いている私自身、たしかに誰かが原因でムカっときたり、イライラしたりすることはあります。しかし、「あなたのせいで私は不機嫌なんだ!」と言いたくなる割合は10%もありません。どちらかというと、自分のミスや至っていないところ、上記の通り体調が芳しくないとき、達成したい目標がうまくいかない、などという自分自身が理由のことがほとんどだと思います。自分基準で考えるわけではありませんが、実は他人だってそのようなものです。

 

 だからこそ、他人の不機嫌さに対して「自分のせいかも」「何かしたっけ」と思うのではなく、「何か悩んでいるのかな」「うまくいかないことでもあるのかな」と割りきって、放っておくか見守るだけに留めるべきなのです。相手から指摘などをされたら受容すればいいですし、もしかしたら悩みごとやアドバイスを求められるかもしれません。下手に勘ぐるよりも、そのときになったら考えるくらいが丁度良いです。

 

 一方、自分が不機嫌であることに気づいたら、周囲に不安感や心配を与えているということも理解した方が良いです。向こうも不機嫌な自分に対して敏感になってしまう可能性があるため、その場合はそう思わせてしまう自分にも問題があると思いましょう。そうならないためには、いっそ周囲に自分の今の不機嫌な気持ちや理由を開示したほうが良いかもしれません。すると相手は「ああ、自分のせいではないんだ」という最低限の安心感を得ることはできます。

 

 「下手な考え、休むに似たり」とはよく言ったものです。他人の怒りを気にしているよりもとりあえず見守って、自分は休んだほうが健全ということなのです。また、「怒っているのは、その人が勝手に怒っているから」とアドラー心理学でも言っております。勝手に怒っている相手の感情を推察するのもまた、こちらが勝手に推察しているだけで無意味と言えば無意味、と言えましょう。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。