アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

情報に振り回されるのは、「損か得か」で判断しているから

アラフォー童貞のODです。

 

 国内外の出来事、最新の技術や流行、著名人らの言動、災害や感染、身近な人間関係など・・・私たちはメディアや周囲の人たちから、色々な種類の情報を得るものです。それは自ら望んで得たこともあれば、黙っていても周囲から耳に入ったり、ネットやテレビなどの媒体から勝手に目に飛び込んでくることもあります。

 そうして、私たちはそういった情報に対して何かしらの反応をします。興味がないと思っていても、微弱に反応してしまいます。それで終われば良いですが、情報の内容によっては感情的になって取り乱すこともあります。冷静さを欠いて不合理な行動に及んでしまうこともあります。災害や感染時などは特にそうです。それは生命の危機や日常の崩壊などに直面する事態なので、そこで「仕方ないね」といって落ち着いて対応できる人は稀です。「これからどうなるんだ」と心を乱すのが普通です。

 しかし、そんな状況下において、不確実な情報に振り回されてしまうことがあります。それは「これからどうなるんだ」という不安に対しての光明に見えるからです。普段であれば「そんなのウソに決まっているでしょう」とか「いやいや、騙されないって」と判断できることであっても、冷静さを欠いていると何でも飛びついてしまいやすくなります。それは何故でしょうか?

 

 それは単純に「損か得か」で物事を判断しているからです。この「損か得か」で動いていると、とても不合理な行動をとってしまいます。「損か得か」で動くのは人間としては普通のことと思われますが、ここでいう話は「他人を蹴落としてでも、損はしなくない」「倫理観なんてどうでもいいから得をしたい」という意味での話です。普段はそこまでは思わないことであっても、自身の生命や日常を脅かすことを回避したいと思ったとたんに、他人のことや倫理観など忘れてしまうのです。これは正しいのか間違っているのかは分かりません。

 しかし、そうなってしまう前に情報に振り回されるのは避けたいところです。なぜならば、そのような他人を蹴落とそうとか、倫理観や社会性などそっちのけで「損か得か」を考えに至ってしまったけれど、その原因となった情報が不正確であった場合に取り戻しがきかなくなることがあるからです。

 

 情報というのは基本的に活用するためにあります。何も使わない情報は、情報として価値はありません。それは情報の受け手だけではなく、発信するほうにも活用の意図があって発信しているのです。ここでも「損か得か」という思惑が大なり小なり湧き上がります。そうして損も得もしない情報は、情報として価値のない、いわゆる興味のないものとして扱います。損すると思ったものは、その情報をもとに何とか避けようとします。そして得すると判断できる情報は、より詳細に知ることにより自分の生活を豊かにしょうとします。

 しかし、それらの情報は正確かどうかなんて判断は、簡単にできるものではありません。逆説的な話になりますが、私たちが正確な情報かどうかを判断しようとするには冷静かつ客観的であることが求められます。その、冷静かつ客観的であるためには情報に対して、「損か得か」という思考を一時的にでも忘れることが大切なのです。言い方はあれですが、目の前に現れた情報に対して「どっちつかず」である心構えこそが正確な情報か、自分にとっても有効か・害悪ではないかなどを判断することができるようになります。

 

 このような心構えであるには、日常的に情報を浴び続けないことが望ましいです。日常的に多くの情報にさらされているので、私たちは知らず知らずに「損か得か」で判断するようになってしまうのです。それを知っているのはメディアや広告業者です。彼らは不安という「損」という情報を与えつつ、あたかもそれを回避できるような「得」に見える情報を発信しています。このような情報は私たちの身の回りにたくさんあります。そのため、私たちは気づかないうちに「損か得か」の思考になってしまっているのです。これでは物事を冷静かつ客観的に判断することなんで困難であります。

 

 私たちはもっと情報を制限したほうが良いです。そうすることにより、どうでもいい情報や私たちの判断力を鈍らせるような情報を避け、「損か得か」で物事を判断するような思考を防ぐことができます。例えば、自分が得るべき情報は自身の仕事や日常や興味に関わることだけに留めるのです。感染に関わる情報だって、時間単位で確認したって私たちは何もできません。せいぜい週1回程度にとどることをお勧めします。

 知ろうとすればするほど、私たちは闇に飲み込まれていきますし、余計に不安になります。そして、何もできない状況に対してさらに不安になって、より情報を得ようとして負のループにハマります。そうならないためには、情報を得ることを一度止めるべきなのです。それが唯一のメンタルの安定方法なのです。

 また、情報をたくさん得たところで、できることは限られています。情報を集めても不安になることもありますし、不安を増すことだってあります。情報はたくさんあればいいというものではないのです。逆に取り乱して不合理な行動をとってしまう可能性もあります。となると、やはり情報はそこまでいらないという考え方もできます。

 

 私たちは「損か得か」だけを基準に生きているわけではありません。ちゃんとした判断基準を1人1人もっているはずです。もっと、その自分自身の判断基準を信じてみてはいかがでしょうか?

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。