アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「諦める」とは悪いことではない

アラフォー童貞のODです。

 

 私たちは子どものころから「諦めずに、やり抜くこと」が大切であると教えられます。その例として、プロスポーツ選手の成功例などが取り上げられ、苦難を乗り越えて世の中が驚くような好成績を挙げた1番の要因は、諦めないことであるとメディアなども喧伝します。このようなものを見ると、「そうか、自分が目指すものを諦めずに続けていれば、いつか報われるんだ」とインプットされます。

 しかし、このような教えや事例を見て頑張っても、自分が望む成果に辿り着けないことがあります。いえ、むしろ世の中には、そのような人たちが多いのが現実です。それはそうです。上記の事例のように、プロスポーツ選手すべてが諦めずにやっていれば報われるのであれば、すべての選手が好成績を挙げているということになります。そうなると、成功例なんてものは当たり前のものになってしまうでしょう。そもそも、プロスポーツ選手を目指す人も多いけれど、プロになれることも一握りの人材に限られるという現実もあります。これはスポーツでなくても、芸能でも囲碁や将棋の世界などでもあります。その人たちの多くは、プロになりたい、一握りの存在や地位につきたいと思って、情熱をもって諦めずに取り組んでいるのに、そこに辿り着くこともなく、その業界や環境から身を引いて、別の道を歩み始めるのです。

 

 このように書くと、夢や目標を持つのは絶望的なことが多い、と思われるかもしれませんが、そうではありません。夢や目標を目指して、努力して立ち向かっていく姿は素晴らいものです。周囲から馬鹿にされることもあるでしょうが、応援されることだってあります。

 それでも自分の実力が至っていない、目指すものに辿り着くには自分は年齢や体力が追い付かない、といったことを思い知らされることもあります。こうしたときに「諦める」ということが頭に浮かんできます。そうして、何とか食らいついていくけれど、努力もするけれど、やはり天才と呼ばれる人や自分以上に努力をして結果を出している人たちを見ては自分の上限が分かってきて、そうして「諦める」ということを行動に移して、その道から撤退することをするのです。

 

 何だか寂しい話のように思いますが、私は「諦める」ということは、決して悪いことではないと思っております。なぜならば、自分でもった夢や目標に対して辿り着くことはできない、と自分で判断したということだからです。つまり、「諦めるという選択」をしたのです。

 

 諦めるというのは、努力の果てに生まれる選択肢の1つです。例えば、仕事などで方向性も到着地点も分かっているし、自分の役割でもあると理解しているのに、自分には向いていないとか、これは自分のやるべきことじゃない、などと理屈を述べてはやらない人がおりますが、それは諦めているのではなく、ただ投げ出しているだけです。投げ出すといのは、選択肢ではなりません。決して一緒にしてはいけません。

 

 また、諦めるということには、「成功体験からの脱却」という良い点があります。諦めるという選択をするまでの間、それまでの道を目指すようになったのは、おそらく何かしらの成功体験があったからだと思います。何となくやって親から褒められたとか、人よりも得意なことと思ったとか、偶然にも成果を挙げることができたとか、自分が発案した方法がうまくいったとか、そういう成功体験があったから、その喜びを味わいたくてその環境に留まっている、ということもあります。

 嫌な言い方になるかもしれませんが、このような成功体験にしがみついて、それをまた味わうために努力をしているような人は、途中で成長が止まってしまいます。そのまま成果も結果も出せない状態になり、それでも諦めなければいつかうまくいはず、と信じて時間と労力を費やしていくのです。

 そのような努力は、残念ですが不毛です。本当に成果や結果を出している人たちは、自分の成功体験は一時的なものと見なして、それまでのやり方を見直して、常に自分をアップデートしていることができております。反対に成功体験にしがみついている人というのは、いつまでも同じサイクルから抜け出すことができないので、成長もできなければ成果も出せないのです。

 

 そして、後ろ髪をひかれる思いがあっても、諦めるという選択をして、新しい道を歩み出してみると分かることがあります。それは「ああ、自分はこんな世界って、色々な選択肢があったんだな。自分には色々な可能性があったんだな」ということです。特に、成功体験から脱却できた人においては、色々な可能性を試すチャンスでもあります。だってもう、自分が今までやってきたこととは違う分野に身をおいているのですから。きっと、その業界においては初心者だと分かると、馬鹿にされるかもしれないですが、大抵の人たちは丁寧に教えてくれるはずです。そこでまた、新しい発見が生まれるはずです。

 

 ここまで記事をまとめましたが、私の言葉では、いくら諦めるというのは悪いことではないと言ったとしてもご納得されない方も多いと思います。そのような方は、是非インターネットで「諦める 仏教」と検索してみてください。すると、どれかの内容を見て「ああそうか、諦めるというのは1つの考えなのだな」とご納得されるでしょう。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。