アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

感情的になりかけたら、「これは『今の自分』では解決できないものだ」と開き直ろう

アラフォー童貞のODです。

 

 昨日、怒りや感情になってしまう弊害について記事にまとめました。そのようなテーマにしたのは、最近の私がイライラしやすいコンディションにあるため、自分の戒めや自分を客観視するために書きました。その記事を書くにあたり、事前に運動をして精神を沈めましたが、記事を書いた後も仕事のことを思い出してしまい、ふつふつと怒りを始めとしたい様々な感情が湧き上がってきてしまい、無駄な疲労感を味わう結果となりました。自分で怒りや感情的になるのは、無駄なエネルギーの消費・不合理な行動をとりやすくなる、などと書いておきながら・・・いやはや、何とも未熟です。

 

 そこで、少し感情も静まった本日になって思ったのが、怒りも含めて「感情的になってしまうのはどういうことなのか?」を改めて考えてみました。そうでないと、いつまで経ってもよく分からないままに感情的になってしまい、もしかしたら周囲に迷惑をかけたり、(辞表を叩きつけてしまうといった)不合理な行動をとってしまうことになりかねません。

 色々な思考の流れは割愛しますが、何となく思いついたのは「経験したことがないから」「対処方法・処理方法がわからないから」ということです。そのような不安や恐怖が湧き上がった結果として、「怒り」といった形で感情的になってしまうのだと思います。

 

 例えば、義務教育を終えた人であれば、算数の足す・引く・かける・割る、なんていう計算はできるはずです。三角形の面積の出し方だって「底辺×高さ÷2」という公式も、普段は使わないとはいっても何となくは覚えているでしょう。コンビニで100円の商品と200円の商品を買うとして、お金がいくらあれば足りるかくらい、いちいち計算式を書かなくてもわかるはずです。100円のものを3つ買うとしたら、いくらお金が必要かもパッと出るはずです。

 しかし、「100円の商品を2個、200円の商品を13個、これらを10%引きの割引券を使って、かつ消費税込みだとしたら、いくらお金が必要になるだろう」となったとき、おそらく少しパニックになると思います。少なくとも、私はパっと答えはでません。筆記用具を準備して、問いかけを何度も読みながら「えーっと」となってしまいます。ここで、横から「いくらか分かった?」なんて聞かれようものなら、「あ、ちょっと待って!」と焦ってしまいます。さらに、「足し算と掛け算じゃない、ちょっと計算遅くない?」なんて言われようものなら、ムカっとしてしまうかもしれません。

 

 ・・・おそらく、こういうことなんだと思います。自分がパっとできること、これまで経験してきて何度も対処してきたことならば、感情的にはなりません。パッと出なくても、「ちょっと待っててね」と余裕で応対することができるはずです。それは、ちょっとの時間さえかければ解決できると確信があるからです。

 しかし、物事がちょっと複雑になったとき、私たちはパニックになります。呼吸が浅くなり、体がこわばり、脳に酸素が生きにくくなります。そうすると脳もまともに活動できなくなるので、余計に思考が及ばなくなります。落ち着けば対応できることも、どんどんドツボにハマってしまいます。そうなると、私たちは「なんでこんなことができないんだ!」と自分を責めたり、「うるさいな、余計な口を出すから集中できないだろう」などと、他人や周囲のせいにすることがあります。これは1つの防衛反応でしょうが、そのような反応をしたとしても、目の前の問題には対処できないですし、状況はどんどん悪化します。事態が解消された後も、自責の念に苛まれたり、周囲との関係も悪くなってしまうかもしれません。

 

 となると、感情的になっているときは、いっそ「ああ、これは『今の自分』では対応しきれないものだ」といっそ開き直ったほうが良いのです。だって、本当に対応できないし、解決できそうにないものに対して感情的な状態で躍起になっても、状況は改善することはないからです。そんなことは自明の理です。

 ここでのポイントは『今の自分』というところを認めてしまうことです。今の自分では解決できなくても、将来の自分は余裕で解決できるかもしれません。今は目の前の問題に対して、ちょっとイライラし言い過ぎたり、パニックになって声を荒げてしまうようなことがあっても、そこから努力や精進・経験を重ねることで成長すれば、同類の出来事が現れた時、「あのときの俺じゃない!」と余裕で解決できる可能性だってあります。つまりは、感情的になりかけたとき、あるいは感情的になってしまったときには、自分の伸びしろを確認する出来事である、思えばいいのです。

 ただし、前の記事でも書いた通り、感情的になったからといって、自分自身やいまいる環境に対して破滅的な行動や判断をするのはNGです。声を荒げるなどまでは誰でもありますが、行動や判断までしてしまうと取り返しがつかなくなります。ボーダーラインはせいぜい、感情的になってしまうところまでとご理解ください。それ以上は不幸しか待っていません。それよりだったら、自分の不甲斐なさを成長の糧にして、「今度こそは」というきっかけにすれば良いのだと思います。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。