アラフォー童貞は〇〇と考える

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「感情的になってしまう自分」を責めることも、恥じなくていい

アラフォー童貞のODです。

 

 ここ2日間ほどの記事は、怒りなど感情を乱してしまうことをテーマにしております。

 改めてお伝えしますと、怒りや感情にまかせて行動してしまっても、結局は自分で後処理や後始末をしなければいけないことはあります。感情のままに辞表を叩きつけても、労務手続をしなければいけないなど、後々気まずい思いをするのは感情的になった自分自身です。また、感情的になってしまうのは、未熟な自分ゆえに対処方法が分からず、脳がパニックを起こしてしまった最悪の結果、自分を責めたり他人や周囲のせいにするという形で現れてしまうのです。

 

 とはいえ、別に怒ってしまうことも、感情的になってしまうことも、当たり前のことです。生きていれば絶対にあります。それどころか、私は必要だと思っております。それは生物の機能として、生き残るために感情というのは必要だという話でもありますが、感情的になってしまうことは成長の過程だと考えているからです。

 

 怒りが湧き上がること、悲しみに飲まれそうになること・・・これらは、そのような状況を乗り越えようとすること、適応しようとすることを意味しています。例えば、ムカつく相手に出会うたびにマウントを取ろうとしたり、正論でねじ伏せようとしたり、力づくで屈服させてたりしてもキリがありません。これは適応ではなく、ただ抗っているだけです。

 

 適応とは、その状況や自分を客観的に受け止めて、抗うことなく改善に向けて動くことです。上記の例で言えば、ムカつく相手に出会ったら、食ってかからずに「ああ、自分はこの人がムカつくな」と思えばいいのです。怒りが湧いてもいいし、イラっとしても構いまんが、そこで終わらせるのです。マウントをとることも、正論を浴びせることも、力づくで対処しようとすることもしなくていいのです。そんなエネルギーの無駄な消費をしているくらいならば、自分がムカつくタイプとして登録しておいて、その場を離れてください。

 すると、次に類似の人に出会ったら、「ああ、この人は自分がムカつくタイプかも」と自分が感情的になってしまうと、自分自身に注意を促してください。すると、口論になったり、周囲を困らせてしまうなどの不合理な行動をとってしまうなどの、最悪の可能性を回避することができます。このような、最低限の回避術を身に付けるということが適応する、ということです。

 もしかしたら、周囲からすれば「ムカつく奴なんだから、もっと言ってやればいいのに」「何もせずに撤退するなんて、臆病な人だったんだ」等と誤解されることもあるかもしれません。しかし、それでいいのです。まずは最悪の可能性を回避できたと思えば、平和は維持されています。

 

 また、怒りなどの感情的な気持ちが湧くのは、その事象に対して本気であるという証拠でもあります。もし、本気でなければ何の感情も湧かないはずです。テレビを見て、大好きなアーティストが車に轢かれて大けが・・・なんてこと知ったら、そのアーティストの安否が気になり悲しくなったり、車を運転していた相手に怒りが湧いたりするでしょう。しかし、もしも知らない相手だったらどうでしょう? 「・・・ふーん、大変だな」と思う程度で、5分もしないうちに忘れてしまうはずです。残念ですが、そんなものです。

 

 つまり、感情的になるということは、目の前にある出来事や事象に対して適応しようとする過程であり、それらに対して本気で何とかしようとしているから、怒りなどが湧き上がってくるのです。自分の脳や肉体が、これらに対応するための改善点を必死で模索し、現状を解決するため、そしてこれからを生き抜くために変化しようとしているのです。

 このような苦しい状況に対して、成功しても、失敗しても、それなりの成果が出たとしても、必ず得るものはあります。改善点や課題点、自分がこれから身に付けるもの、削る必要があることなどが見つかります。これらは感情的になるというステップを踏まないと、気づかないこともあるのです。

 

 だからこそ、感情的になったとしても、怒りや悲しみなどが湧き上がったとして、無理に押し殺そうとしないでください。感情的になっている自分を恥ずかしいと思ったり、否定することをしないでください。「経験した事のない事象に適応しようとしている、本気モードの自分なんだ」と思ってください。感情的になるとは進化の証でもあるのですから。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。