アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

お金もかからず、運動にもなり、社会の役にも立つ「人目を気にしなくなるトレー二ング」

アラフォー童貞のODです。

 

 本ブログでは人間関係をテーマに取り上げることがあります。すると、それを読まれる方が結構いらっしゃることに気づきます。さらに読まれる記事の傾向から、「他人の言動の意図が分からない」「自分が何か気に障ることをしたのか」「嫌われたかも」「このままストレスある関係を続けてていいのか」といった悩みを抱えているように思われます。

 別に自分のブログを卑下するわけではありませんが、世界に頭にあるブログで、別にプロのカウンセラーでもなければ、人間関係を良好にするアドバイスができる専門家でもない、ただのアラフォー童貞です。世間的には結婚もして子供もいる年齢でしょうが、性行為の経験もないですし、女性とお付き合いもありません。そんな私のブログでも、何かしらヒントになればと思ってアクセスしていただけることは大変ありがたいです。

 しかし、そんな世界の片隅にある私の個人ブログを読まれる人がいるということは、世の中にはもっと多くの人たちが、日常において人間関係で悩んでいるのだと思います。おそらく、人間関係に係る悩みをキーワード検索して、ネット上にあるSNSやブログ、専門家の動画などを探しては、自分の悩みの解決策を見出そうとしているのしょう。

 このように書いている私もまた、身の回りの人間関係が万事良好とはいかず、仕事においてもスタッフを管理したり指導する立場にあり、日々頭を抱えております。このブログでも感情のコントロールのヒント的なことを書いておりますが、自分に向けて書いていることもあり、それは無駄に怒ってしまったり、自己嫌悪してしまうことが幾度もあるからです。そのような感情を客観視する意味も込めて記事にしておりますが、それがネットを通じて、他の人たちの気持ちを整えるヒントになれば嬉しいと思います。

 

 さて、感情を乱してしまうことは私もありますが、人間関係において、人目を気にするということは少なくなっているように思います。それは色々な経験を経て精神面でタフになったということもありますが、何気なくやっている日々の習慣がメンタルトレーニングになっているのではないか、と最近考えるようになったのです。

 

 それは何かというと「ゴミ拾い」です。

 

 家の前のゴミ拾いくらいならば誰でもやるでしょう。しかし、私の場合は両手に軍手を履いて右手にデレキ、左手にはゴミ袋をもって、10~15分かけて近所のゴミ拾いを行います。暇さえあれば会社周辺も同様のスタイルでゴミ拾いをします。

 当初は私も家の前や会社の正面玄関あたりで、ポイ捨てされたゴミやタバコの吸い殻があれば不快に思って、面倒くさいと思いつつもゴミを拾っておりました。しかし、何となく毎日やっているうちに、1つゴミを見つけて拾ったら、その先にゴミが落ちているに気がついて「まあ、ついでだ」と思って拾って、そこからまた10m先に空き缶が落ちているのに気づいて拾って・・・ということを繰り返しているうちに、いつの間にかガッツリやっていることが増えました。このような感じでゴミ拾いをしていると、頭を使わずひたすら体を動かすので、いつの間にか夢中になることができます。

 

 とはいえ、お恥ずかしい話ですが、ゴミ拾いを始めたころに近所の人や職場の人に会ったとき、ゴミ拾いをしている自分に酔っておりました。「自分は社会貢献をしているんだぞ」みたいに、他人よりも人間的に優れていると思っていたこともありましたし、頑張っている自分を認めてもらいたい気持ちもありました。

 ・・・しかし、残念ながら周囲からは何にも言われません。せいぜい、「あ、お疲れ様です」くらいです。社会貢献をしている自分という、何だか周囲から「偉いね」「人間ができているね」といった言葉を期待していたわけですが、結局は他人から評価されることはない、ということが分かったわけです。

 ここで面白いことに、がっかりすることはありませんでした。憤ることもありませんでした。むしろ「周囲はそこまで、自分のやっていることに興味がないんだな」ということに気が付いたわけです。これは後ろ向きな考えではなく、どちらかというと、自分の中にある「他人に良く思われたい」「自分は特別なことをしている」「誰かに何か言ってもらいたい」などの「人の目」のいくつかが剥がれ落ちていく感覚になったのです。そうなったら、近所や会社近辺でゴミ拾いや清掃活動をすることが、別に当たり前のことになり、社会貢献という意味もありますが、他人の目はあまり気にせず、「あ、ゴミがあるから拾おう。ゴミ袋が余るから、ついでにちょっと足を延ばして隣の町会のゴミも拾ってみるか」という感覚です。

 

 最近では、運動の一環としても見なしております。1日どこかで筋トレやウォーキングなどの運動習慣を取り入れているので、そこそこ本気でやれば歩く・腰を低くするために足を曲げる・ゴミまで手を伸ばす(背中も伸びる)といった一連の動きがをするゴミ拾いもまた、ひとつの運動になるということに気が付いたのです。実際、ゴミ拾いをすると夢中になるので、平気で20分くらいは経過します。草むしりも並行すると1時間はあっという間です。すると、かなりヘトヘトになります。一息つくつもりが激しい眠気に襲われるので、それくらいの運動量はあるのでしょう。そう考えると、そこそこの鍛錬になっているのです。

 しかも、ゴミ袋やビニール袋さえあればできます。お金なんてほとんどかかりません。もちろん、他人が捨てたものなので感染症などへの配慮も大切ですが、使い捨てのプラスチック手袋や軍手を用意したとしても、100円もかかりません。天気さえ問題なければ、自分の身ひとつで取り組めます。

 

 人の目を気にしないというのは、何も傍若無人になっていいとか、人に迷惑をかけても良いという話ではありません。誰も気にしていないのに、自分の行動や思考を無駄に制限してしまわないようにする、ということなのです。それを知るためには、感情のコントロールの本を読み漁るも良いですが、実際に体と頭を使って行動してみて「ああ、自分のしていることって、他人はそこまで気に留めてないんだ」ということを体感することです。それは、(大声で叫ぶとか裸になって走り回るとかの迷惑行為は除いて)何でもよくて、なるべく公衆の面前で行うことが良いと思います。路上でギターを弾きながら歌うということもありますが、周囲からみて不自然ではなく、かつ社会貢献になることとして、ゴミ拾いという行動も1つ頭に入れてみてください。

 はじめはちょっと恥ずかしいと思うかもしれません。しかし、安心してください。あなたのことを見ている人は誰もいません。私の経験上、ゴミ拾い中に歩行者と目が合う事はあっても、すぐに行き先を向いたり、スマホの画面にくぎ付けになります。そんなにゴミ拾いをしている人なんかに注意を向けませんし、話しかけられることもありません。(もちろん、目の前でゴミをポイ捨てする輩もいませんが)

 ぜひ、人目を気にしないトレーニングとして、他人はそこまで自分に注意を向けていないということを実感するために、まずは2~3分程度でいいので、近所のゴミ拾いを始めてみてはいかがでしょうか?

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。