アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「良いものを良い」と思ってもらうには「つなぎ」が必要

アラフォー童貞のODです。

 

 「良いものは良い」と言われておりますが、それはその対象への共通認識があるかどうかの話だと思います。つまり、良いと言われているものに対して、複数の人がほぼ同様の知識や経験をもって、その良し悪しを判断しているだけということです。

 例えば、日本人の技術力は素晴らしいですが、それが安売りされているという現実があります。伝統芸能として受け継がれている刃物の"研ぎ"、ガラス工芸、染めモノ、農作物などなど、それ自体は素晴らしく実際に使ってみると良いと分かるのに、それを知らない人たちが多いので、どれを使えばいいのか分からないときの判断基準が「価格」だけになってしまいます。そのため、せっかく高い技術をもっていても、少しでも売るためにはそのクオリティを落として量産せざるを得なくなるのです。

 ここで「使ってもらえば分かる」と言う方がおりますが、それならば、それを使ってもらうための仕組みや仕掛けが必要なのではないかと思うのです。大衆に手を取ってもらうためには、興味がない状態の人たちに興味をもってもらわなければなりません。そもそも、どんなに技術や性能が高くても、興味がないどころか「知らない」ということだってあります。良さを喧伝する前に、まずは認知度を上げることが大切なのです。

 

 では、その認知度を上げるにあたり、技術や性能だけを伝えれば良いのかというと、そういうわけではありません。どんなに刃物の”研ぎ”の技術がすごくても、日常で使う刃物といえばハサミか包丁くらいなので、そこまで重要度は感じられません。素晴らしいガラス工芸が作れても、別に100均のコップで十分です。安価で色々なデザインの服や日用品があるところに、高い技術をほこる染モノを陳列しても手に取っておわります。おそらく、それぞれ「へえー、すごいね」で終わってしまうのです。

 何が問題かと言いますと、モノやサービスをお金を払って買う消費者は、それらが高い技術や性能があるかはあまり関係ない、ということです。いや、正確には関係あるのだけれど、自分自身や自分の日常と直結しないと、その対象物の技術や性能自慢で終わってしまうのです。

 

 ここで「良いものは良い」と思ってもらうための考え方として、冒頭で共通認識があります。刃物の”研ぎ”、ガラス工芸、染めモノ・・・これとお金をもっている消費者との間に共通認識という「つなぎ」が必要になります。そのつなぎとは、手に取った消費者が「これって、●●に使える」とか「もしかしたら、××と組み合わせることができるかも」と考えられれば良いですが、現代人はすぐに答えを求める傾向にあるので、生産者や技術者が、その「つなぎ」を提案してあげたほうが良いのです。そこで、「ああ、そうか。確かに日常で必要だわ」「へえ、こういうことにも使えるんだ」と思って、そこで「これはいいかも」という思考が初めて生まれるのです。自分の持っている素晴らしい技術、質の高い性能などは、ここまでしないと認識してもらえないのが現代だと思います。そうでもしないと、多くのモノやサービス、情報で溢れかえっている現代においては、「良いものは良いので、待っていれば分かってくれる」なんて姿勢でいるだけで手に取ってもらえるわけはないからです。

 

 人間関係だって、男女関係だってそうではないでしょうか。どんなに「自分は優れている」「自分は他よりも魅力的な存在だ」なんて思って、周囲をチラチラ見て反応を期待しても、その人自身が何もしなければ、周囲は何も気づきません。下手をするとただの勘違い野郎に思われてしまうかもしれません。そのため、人間関係や社会関係においては、まずは挨拶という入口があって、相手のお話を聞いたり、相手の好きなものや興味のあることを知り、そこで自分との共通点を見出そうとしたり、勉強して相手と同じ共通点を作り出そうとするはずです。それはすべて、自分という存在を、相手に認識してもらうために行うのです。いつまでも「良いものは良い」思考でいるのは、それはただの怠慢なだけです。

 

 相変わらず抽象的な内容で申し訳ありませんが、何が言いたいのかというと、自分のもっているものがどんなに価値があるものでも、それを認識してもらわないかぎりは、世間的には無価値であるということです。そして、それを「何で分かってくれないんだ」と声を荒げたとしても、それは分かってくれないんじゃなくて、単純に「知ってもらっていなだけ」という認識のなさの話、ということです。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。