アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

禁欲するならば、「欲」を肯定すべし

アラフォー童貞のODです。

 

「欲」というのは、突き詰めていくと人間が生きていくために必要なことがほとんどです。

 

 体内でエネルギーを生成する手段がない人間は、動植物から命をいただいて、それを食べるいう行為によって糧として生きています。それは人間の体は空腹という反応を示し、脳から食を促すために「食欲」という指令が発せられます。そして、食欲という欲に応じて口にした食物は、とても美味しく感じるものです。ここでお腹いっぱいになり、生命維持のために十分と判断されれば、食欲は落ち着きます。

 ・・・が、自分の嗜好に合った味覚や印象的なテイストの食を味わってしまうと、脳はその刺激を(文字通り)味を占めて、生命維持とは別の形で「もっと食べたい!」という指令を出します。ここで脳からの指令に応じてしまうと、たまにならば問題ありませんが、常に「ちょっとくらいならいいか」とか「自分へのご褒美だし」と慢性化してしまうと、依存への道を踏み出してしまうのです。

 

 ここまでは食欲を例に出しましたが、依存と呼ばれているもの、やるべきことがあるのについつい手を出してしまう、気がつくと貴重な時間やエネルギー・お金などを浪費してしまう、というものは、すべて欲に振り回されている状態と思って良いです。

 ちなみに、自分が欲に振り回されてしまっているのか、それとも日常に悪影響を及ぼさない程度の一時的なものかの判断ですが、個人の経験として言うならば「自分なりの理由付け」をしてしまっているかどうかです。上記の「自分へのご褒美だし」というのは分かりやすい例だと思います。仕事上でバリバリ働いているのに、そのストレスを解消するために「仕事の付き合いで着るかもしれないから」「これも仕事の投資だ」と言い聞かせて、不必要に高い衣類や靴などを買うことが生きがいになってしまった人もいます。いわゆる買物依存という状態です。

 

 このように書いている私もまた、ほぼ依存状態に陥ったことがあります。それは性依存であり、自慰行為やポルノへの依存です。2年以上前の私は1日2回以上は自慰行為に及んでおり、仕事には支障はなかったものの、仕事へのモチベーションや精神を落ち着かせるためにと言い聞かせて、誰もいなくなると自慰行為に及んでおりました。それは自分の性的興奮を高めるために、女性社員の私物にも手を出すこともありました。最初のうちは罪悪感に襲われましたが、次第に当たり前になり「仕事のために協力してね」と言わんばかりに拝借しては、そのような自慰行為にのめり込むようになったのです。女性社員の私物を汚すまではいかなかったものの、今にして思えば、よくバレなかったと思います。

 

 そして、アラフォーになって今さらながら気になる女性ができたことで、それまでの自分を見つめ直す一環として、いわゆる「オナ禁」を始め、それは半年以上は続きました。このあたりは、結果的に恋愛が成就したわけではないし、ここで効果うんぬんはテーマから逸れるので割愛します。(本ブログで別枠で経過も含めてまとめております)

 

 本記事でお伝えしたいことは、このような性に関しての欲に振り回され、オナ禁という禁欲に取り組んでみて、そしてリセット(解禁)してみて思ったのは、欲というものに対しての認識を改めたことです。これは禁欲に取り組もうとしている、すでに取り組んでいる人は頭の隅に置いて頂ければと思います。それは・・・

 

禁欲の前提は、人間の中にある欲・自分の中にある欲を「肯定する」ことです。

 

そして、

禁欲の本質は、欲を抑制するのではなく、欲と「付き合う」ことです。

 

 冒頭でお伝えしましたとおり、欲というのは人間が生きるうえ必要なことが根本となっております。食欲も性欲もその1つです。性欲だって、子孫を残すために異性に対してムラムラするのは正常な反応です。それは特定の異性に対してのときも、たまたま見た下着姿のモデルさんにもあります。そのような興奮を知っているので、自ら性的なものに飛びつきます。世界中の男性(あるいは女性も)がほとんどなので、ポルノという商業として成立しているのです。

 それなのに、特に禁欲をしている方々、禁欲を奨励している人たちの中には、まるで欲は悪いことであるような言い方をされることがあります。さらに、そのような考えを転じて禁欲すれば人生が好転するといった、まるで広告のような触れ込みをすることもあります。(オナ禁だけでは人生が好転することはありません。詳細は割愛しますが、物事において「~だけで」といった一つの要素だけで良くなることはありません)

 私もオナ禁中はこのような考えでした。「性はNG」「たまにエッチなものを見たくなるけれど毒だ」「ああ、大好きな●●さんの匂いにムラムラする・・・いや、駄目だ駄目だ」といったサイクルが脳内で巡っていて、オナ禁中の半年以上はひどく苦しかった記憶しかありません。一方で「オナ禁している自分は周囲よりも一歩秀でている」という、アホな考えもしておりました。これが意識高い系という奴かもしれません。

 

 しかし、一度リセット(解禁)してからは、逆に性やポルノへの執着が少なくなりましたし、好きな女性への恋愛も諦めたこともあるのか、その女性への(性的な)意識も落ち着きました。それはひとえに「ああ、性欲ってあってもいいんだ」と気づいたからです。そして、何かのタイミングで性欲が湧いても「ああ、ムラムラしてきたな」「まあ、最近抜いてないしな、たまにはいいかな」と思うようになっております。イメージ的に性欲は飲み友達みたいなものであり、性欲が湧いて自慰行為に及びたくなったら、気軽にご飯食べに誘うような感じです。そこで性欲が落ち着いたら、「ごめん、用事できたからまた今度な」と言われたと思うようにしています。逆に性欲は駄目だと思ったり、無理にポルノを見て性欲を再燃させると心身にダメージを与えることも分かっております。

 つまり、欲に対しては過剰に反応することも、過度に鎮めようとする必要もないのです。この逆の行為してしまうと、脳は刺激になるので、その欲をもっと欲するようになります。そうして依存になったり、求めてもいないのに癖で行為に及んでしまうこともあるのです。

 

 欲と言うのは、誰もが生きるために備わっているものです。否定する必要はありません。また、欲が湧くのも自然なことであり、それはちょっと面倒だけれども、愛らしい存在と思って付き合うのがベターであると思います。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。