アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「引退してから始めよう」より、働いているときから「とりあえず少しずつやっておこう」

アラフォー童貞のODです。

 

 海外の事情は分かりませんが、日本では65歳過ぎると定年というのが普通の考えです。その年齢が一つの節目であり、そこからは会社と本人の相談のもとに、可能な限り今のまま働き続けるか、雇用契約を見直して働き続けるか、現状と今後を考えて引退する、という選択肢になると思います。働くという点で考えると、大きく分けて「今後も働く」か「今後は働かない」という選択肢になるということです。ここで「今後も働く」というのは、自分で新しくビジネスを起こすということも含めて良いです。

 

 さて、「今後は働かない」つまり引退という選択肢を選んだ人たちの中には、いつしか「やることがない」という状態になることが少なからずあるようです。いつも通りの時間に起床するも会社に行かなくてもいいため、時間を持て余してしまうのです。奥さんなどの同居人がいるけれど、奥さんは奥さんでコミュニティができているので、今までいなかった旦那が家にいるもんだから、余計に家にいたくなくなり出かけることも増えるようになります。やることがなくて不安なものだから、少しでも刺激や関わりが欲しいと思って、奥さんの外出に可能な限り同行することもあります。これは「濡れ落ち葉症候群」と言いますが、この名前の由来を知ったとき、少しひどいと思ったと同時に切なさも感じました。

 もちろん、引退を考えるにあたり、色々と今後のプランを練っていたはずです。旅行に行こうとか、好きなことをやろうとか、今まで時間がとれなかった家族との時間を大切にしよう・・・と思ったけれど、そうはうまくいきません。いざ、時間ができたというのに、退職金だってあるのに、肉体の衰えもあるでしょうが不思議とモチベーションも上がらず、腰が重いままに「しばらくはゆっくりしよう」と思って行動しない。また、家族だって自分が仕事をしている間に、周囲との付き合いも固まっているし、子供も生活も人格も独立し、正直言って、ずっと家にいられれると困るということも。

 このような日々を送っていると、新しいことをやる意欲は次第に失せて、かといって周囲と関わりは持ちたいし、自分のことを認めてもらいたい、せめて自分の存在を知っておいてほしい・・・という葛藤が生まれるのでしょう。

 

 ここまでは、周囲から聞いた話や退職した方のその後の動向を耳にしたり、そして自分の考察を交えております。アラフォーで結婚もしていない、童貞野郎が何言ってやがると思われるかもしれません。しかし、あまり間違っていないと思っております。

 というのは、引退をしていなくても、身の回りには、日常を無為に過ごしているという人が必ずいるからです。仕事をしていても、就業時間が過ぎているのを待っていたり、自分のノルマを機械的にこなすだけの人がおります。そうして、それが終わってから何をするというわけでなく、コンビニ弁当とお酒とつまみを買って、それらを動画を見ながら口に運んで、少し夜更かしと分かっていても遅くに寝る。振り返ったときに、資格の勉強をしようと思っていたとか、ジョギングに行こうと思っていたとか、久しぶりに連絡があった友人からのメールに返信するとか、有意義に過ごせたはずなのに、何となく先延ばしにしてしまって、すぐできる快楽に時間を費やしてしまうのです。

 別に、このような生活を非難するつもりはありません。毎日ストイックに、自己啓発的で充実した毎日を送ることが全てではないと思います。それに、ストイックに健康的な毎日をおくるというのも、疲れてしまいます。自分を律した生活を続けている人だって、ときには食事にチートデイを設けたり、運動習慣がある人でも体を休ませる期間を設けたり、休みの日は勉強せずにアニメや漫画をひらすら見ている、なんて話もよく聞きます。大切なのは、メリハリなのです。問題は日々の中であれこれしたいと思っているのに、何もせずに1日を終えてしまい、充実感もないまま時間だけが過ぎ、そして後悔することです。「あの時間を有効活用していたら、今の自分はもっと違ったはず」「頑張ってこなかったから、今できることがない」となるのです。

 

 話が少し脱線しましたが、引退したあとに何もやることがない、という状態については、引退する前にプランしていなかったわけではなく、そこそこ想定はしている人が多いと思います。しかし、いざ何もしていない、何もやることがない、となってしまうのは、仕事をしている期間中に「自分の将来のための時間を確保していなかったこと」と「そのために少しでも行動する癖をつけてこなかったこと」ということが原因にあるように思います。要は意識やプランや人間関係の話ではなく、どちらかというと「習慣」の話になります。

 

 働いている最中に、引退してからのことをぼんやり考えるのではなく、引退した人からお話を聞くとか、仕事を退いたあとに楽しい人生を送っている人を参考にしたり、行ってみたい場所のことを調べたり、家族に引退してからの展望を相談する、ということを、1日1分でもいいからやっておくのです。これは準備と言って良いかもしれませんが、どちらかというと、引退してからも引き続き習慣として続けられることの橋渡しという意味での取り組みです。

 何事もそうですが、急にゼロから大きなことをやろうとする人がおりますが、いざやろうと思ってもうまくいきません。それこそ「何からやればいいの」「どれが正解なの」「周囲に相談できる人がいない」「一緒にやってくれそうな人がいない」となってしまい、結果的に何もせずに1日を終えて、そんな日が続いてしまって、そして何も成っていない自分に絶望するのです。「引退したらやろう」「〇〇が準備できてからから」などと下手にスタートラインを設けるよりも、ぼんやりと「今日からできることを、少しずつやろう」と取り組んだほうが良いこともあるのです。

 

 本記事は、定年後・引退した後のお話から始まりましたが、言いたいことは「やりたいことがあれば、1日1分でいいから取り組んでみること」をお勧めしております。それが習慣になれば、それが積み重ねれば、自然と新しい道ができていくと思うのです。それができていれば、「自分もやってみたい」「そこまでやっているならば、協力しようかな」と思ってもらえるはずです。何もしていないのに夢だけ語られても、自分も周囲も理解できないでしょう。

 また、このような取り組みは別に個人競技なので、中断や頓挫しても、新しいものにシフトチェンジしても問題ありません。大切なのは、夢中になれるまではいかなくても、「よーし、今日は〇〇したらOKとしよう」という習慣があるだけで、人は自分のことを肯定できるのだということです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。