アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「ずっと同じものが好き」という幻想

アラフォー童貞のODです。

 

 子供のころから運動が好き、絵を描くのが好き、本を読むのが好き・・・と、何の疑問も抱かずに、純粋に好きであり続けるものは誰しもあるでしょう。あるいは、野球全般が好きとか、特定のアイドルグループが好き、というのもあるでしょう。趣味的なものでなく、身近な先輩に憧れを抱いたり、直接会ったことがないけれど目標として据えている存在もいるかもしれません。好きと言えば、恋愛も含めていいのかもしれませんね。

 

 とはいえ、時は流れると、仕事や家庭に時間を費やす割合が増えて、好きなものに関わっている時間が少なくなっていることがあります。時間の確保が難しく、意図的に好きなものをやめる、という選択をする人もいます。または、気づいたら好きだったものに飽きていることもあります。他の人は気にしないのに、自分の中にある何かに触れて嫌いになることもあります。気づかないうちに目標の人を追い越してしまい、新しい目標を目指すこともあるでしょう。恋愛だって、あんなに好きだったのに、いつの間にか別の人が気になってしまうこともあります。

 このように、どんなに好きなものがあっても、何かしらの事情があって、あるいは何も理由がないのに、それまで好きだったもの、好きだったということを続けられなくなることがあります。それに対してキッパリ割り切れれば良いですが、それまで好きだったものに後ろ髪を引かれたり、新しいものが好きになったときに、何だか悪いことをしているような気になる人もいるようです。

 

 私たちは「ずっと同じものが好き」というのが良いこと、と思いがちです。それは偉業を成し遂げた学者やスポーツ選手などのサクセスストーリーの多くは、自分の大好きなことがあって、それに没頭してやり抜く事で大きな成果を挙げている、というものが多いからではないでしょうか。それに対して世間の人々は「自分が好きなものを、好きであり続けることは良いことなんだ」と思ってしまい、それまで自分が好きだったもの、好きであり続けたものから距離を置くことに抵抗を覚えてしまうのかもしれません。また、それまで好きだった時間が無駄になってしまうかも・・・と思うこともあるでしょう。

 

 しかし、「ずっと同じものが好き」ということは幻想であると思ったほうが良いです。それは自分という存在は、日々変化するからです。自分だけではありません。世間も世界も自然も地球も宇宙も変わり続けます。すると、ちっぽけな自分の中にある好きなものだって変化するのは至極当然ではないでしょうか。どんなに同じ環境にいたところで、目の前の景色はどんどん変わります。関わる人も変わります。自室に籠っていても、パソコンやスマホで世間を容易に覗けてしまう現代においては、変化を感じられないことは逆に難しいのです。誰もが意図せずに変化してしまうのです。

 だから、別に野球が好きだった人が試合に参加せずに、野球をしている人たちの絵を描くようになっても良いのです。山の風景が絵を描いている人が、山登りの趣味に目覚めてもおかしくないのです。

 好きな人や目標とする人だって変化します。年も取りますし、生活習慣によって見た目も変わります。好きな人が結婚して子供もいて幸せそうな生活を送っていたら、いくら好意を抱いても不毛です。目標とする人がある日その業界を去って、それまでと真逆の仕事に就いてしまい、(自分勝手な話ですが)幻滅するかもしれません。そういうことだってあります。

 

 「ずっと同じものが好き」という人はおりますが、かなり稀な存在であり、それで偉業を達成する人はさらに稀と思ったほうが良いです。「ずっと同じものが好き」と思うのは執着心であり、それよりも自分や周囲の変化を喜んで、それに適応しようとするほうが健全です。

 

 また、現在進行形で好きなのに、何だか手に付かなくなることもあります。例えば、本を読むのは好きけれど、本を読むことそのものが億劫になってしまう人がいるようです。これは本を読むという行為を見直す時期かもしれません。これは私もときどきあります。本を読むという行為や自分の成長にしようと思うがあまり、読書量や新しい知識を詰め込もうと思うがあまり、読書なのに気持ち的に息切れしてしまい、逆に本の内容が頭に入ってこないことがあるのです。また、「この本から何か学べることがあるかも」と期待しすぎるときも同様です。

 そのようなときは、読書をしないということもありですが、新しい本や今読んでいる本を積読へ置き直します。そして、何回も読んで内容を覚えている本を読み直したり、(胸躍るものや刺激的な内容でない)物語を読むようにしています。知識を蓄積したり、考察しようとする必要がない、運動で言えば負荷をかけることのないストレッチのようなものです。

 

 少し話が逸れましたが、要は「ずっと同じものが好き」でなくても別にいいのです。新しい恋に目覚めてもいいし、それまで好きだった人に目を向ける機会が少なくなっても何も問題ありません。アイドルグループが解散した後も、ずっと好きでなくていいのです。野球からサッカーファンになったっていいじゃないですか。咎める人がいるかもしれませんが、非難されるいわれはありません。自分の人生なのですから、色々好きになってもいいのです。節操ないのは困りものですが、自分の変化の1つとしての「好き」の変化は当然と思って、どんどん挑戦したほうが楽しいではないでしょうか。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。