アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「大変そうだね」「忙しそうだね」と言われることが、モチベーションになっている危険性

アラフォー童貞のODです。

 

 仕事でも何でも、一生懸命に頑張ることは良いことです。それが大好きなことであれば、周囲から休憩や睡眠や食事などをするように促されても、それらはそっちのけになっても、とても楽しんで取り組むことができます。一方、ひたらすら人から言われた作業をこなしたり、大好きでもないことを時間と体力を削って、生気を失ってボロボロになりながら取り組んでいる人もおります。

 後者の問題点は何かと言うと、自分自身で勝手に多くのタスクを背負い、多くのタスクをこなすこと・達成すること自体が、目的になってしまっていることです。つまり、頑張ることの先にある成果に焦点を絞るのではなく、自分が頑張ることそのものに焦点を絞っているのです。普通に考えると、このような生き方は無駄であると分かります。しかし、この頑張ることそのものが目的になってしまうことは、誰にでも起こりうることです。

 

 私たちは特に好きでもないことに時間と体力を削って取り組でいるとき、そして心身ときに摩耗し切っているとき、他人から「大変だね」とか「忙しそうだね」と言ってもらえると、嬉しくなることがあります。特に一人作業でずっと続けていると、何のために頑張っているのか分からなくなります。そんなとき、これらのような言葉をかけられると、何だか「ああ、自分の頑張っているのを見てくれている人がいる」と、何だか認められた気になってしまいます。

 この度合いが大きければ大きいほど、自分が摩耗している状態がひどければひどいほど、他人からの「大変だね」「忙しそうだね」とか「無理しないでね」「休憩したら?」などという言葉に対して、気分が高揚してしまいやすくなります。そうして、成果や本来の目的などは置いておいて、時間や体力を削って頑張ること自体が良いことと思うようになり、それがモチベーションになってしまうのです。

 

 さて、このように周囲から大変そうに見える人、忙しそうな人、休みもとらずに疲弊している人、一人で多くのタスクを抱えて続けている人を、本当に周囲は評価しているのでしょうか?

 

 ・・・申し訳ありませんが、思っている以上に認められているわけでない、と言ってよいでしょう。「大変そうだね」「忙しそうだね」と言われている人は、そのような言葉が喜びやモチベーションになっているかもしれませんが、実際は思っているよりも認められているわけではありません。

 仕事においては、上の立場に立つ人ほど、頑張っているだけの人は評価されません。なぜならば、仕事というのは顧客が喜ぶモノやサービスをもって成果を出して、会社の売り上げや利益として貢献することが前提であり、頑張っているだけでそれらを生み出さなければ価値はないのです。残酷なような言い方ですが、これが現実です。

 仕事だけではありません。スポーツの世界だってアマでもプロであっても、頑張ってはいるけれど試合で実力が出せない、チームに貢献できないのであれば、そのうち試合にすら出してもらえなくなります。プロスポーツであれば、ファンがつくことでビジネスが成り立っております。成果が出せなくて苦しい時期があるけれど、大きな成果をdすことができればサクセスストーリーになります。しかし、成果を出せない選手に注目してくれる人がいないと、それは誰にも注目されないので、それこそお払い箱になります。

 頑張っているだけで、周囲から「大変そうだね」「忙しそうだね」というのは心配はしてくれているだろうけど、社交辞令くらいに思ったほうが良いです。頑張っているだけで成果のない人は、総合的に見ると「能力がない」と見なされているのです。

 

 何も頑張らなくてもいい、ということを安易に言いたいわけではありません。むやみに頑張るだけの状態は「苦行」と同じだと言いたいのです。

 私たちは頑張れば頑張った分、実りや報いがあると思いがちです。しかし、やり方や目的を間違うと、ただ頑張るだけになり、それは「苦行」という自分を痛めつけるだけの行為に終わってしまいます。いや、終われば良いのですが、頑張るだけの人たちはエンドレスに頑張り続けてしまい、結果的に達成感も評価も得られず心身を壊す結果になってしまうのです。

 将来、心身を壊すと分かっていても、無理をしたいでしょうか? 他人からの「大変そうだね」「忙しそうだね」と言われることを原動力に、ひたすら頑張るだけで、実際は自分が本当に望ましい評価を得られないまま、貴重な時間と体力を削るだけの人生を続けたいのでしょうか? 

 

 私も他人から認められたい気持ちは当然あります。自分の好きなことや知っていることを評価されると喜びも感じます。しかし、やみくもに自分アピールをするわけではありません。仕事でも他者との会話でも、相手のニーズや相手が言ってほしい(だろう)言葉を考えて提示するようにします。その際に、ほんの少し自分の中にあるものをスパイスとして加えるだけで留めます。それは、自分の好きなのや得意なことばかりアピールしても、相手が望まなければ価値がないからです。ときには自分要素を全く加えないほうが相手に喜ばれることもあります。それは、別にアイドルでも人気アーティストでもない私の要素なんて、他人はほとんど求めていないからです。

 これと同様に、誰がどう頑張っているかどうかなんて、周囲はあまり関係ないのです。多くの人が見るのは成果とか出来上がりだけです。もちろん、アイドルが汗水流してダンスレッスンをしたり、アーティストが苦悩して曲を作っている姿は心打たれるものがあります。しかし、私たちが受け取るのはライブパフォーマンスや楽曲という成果に対して感嘆するはずです。頑張りも大事ですが、まずは求められている成果に目を向けることも重要なのです。

 

 もしも、ボロボロになっているときに「大変そうだね」「忙しそうだね」「無理しないでね」なんて言われて、「いえ、大丈夫です」「これくらい普通ですよ」なんて嬉しそうに返答してしまうことが増えているならば、とてもとても注意が必要です。そのうち心身を壊す可能性大です。それよりも、自分が成すべき成果を見極め、優先度をつけて、不要な仕事は削除するか他の人に振るなどしてみて下さい。そうして優先度が高くて成果をあげるべきタスクに注力するべきです。そうして、たまには早く家に帰って、ダラダラと動画を見たり、ひとりの時間として読書や軽い運動をしてリフレッシュすることをお勧めします。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。