アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

自分だけの「戒律」を破ってみる

アラフォー童貞のODです。

 

もはや日課や習慣になっていることだけれども、心のどこかで「面倒くさい」と思ったり「ちょっとくらいなら・・・」と思うことはないでしょうか? 

 

例えば、

 毎朝ウォーキングを続けているけれど、昨日の疲れが抜けないときとか。

 糖質制限に慣れたけれど、白米がめっちゃ食べたいときとか。

 分単位で仕事をこなす日常のなか、ふと手を抜きたくなったとか。

 料理は好きだけれど、何となくお惣菜でいいと思ったときとか。

 健康に気を遣っているけれど、急にインスタント食品が食べたくなったとか。

 寝る前にしているストレッチを、「今日はいいか」と思ったとか。

 動画を見るのが楽しみなのに、サムネを眺めて時間が過ぎてしまうとか。

 

このようなことは、誰にでもあると思います。このようなとき、「いや、ここまで頑張ってきたんだから続けよう」と思ったり、「1日でも手を抜いたら、明日からやらなくなる」と思ったり、「気の緩みが大きなダメージにつながる」と思ったり、と自分に言い聞かして、これまでしてきた日課や習慣を継続します。そして、いつもどうり遂行することでモチベーションを維持できます。

 

その一方で、心のどこかで「この先もこんな苦しい日が続けるのか」とか「1日くらいだったらいいんじゃないか」などとモヤモヤすることもあるのではないでしょうか。そんなときは、その「1日くらいだったらいいんじゃないか」という心の声に耳を傾けてみてはどうでしょう。なぜならば、それもまた自分の中にある欲求だからです。

 

ちなみに上記の例は、ジャンルは一部変えておりますが、ほとんど私自身のことです。読書や運動、食事など、健康管理に努めるとともに、自分の精神や感情に大きな支障をきたさないように、不必要にインターネット(エッチなものも含めて)に触れないなどをしておりますが、時には「まあいいか」となるときがあります。

 

このゆに気が抜けるときは大抵、肉体か心が疲れているときです。

または、肉体も心も疲れていることもあります。

 

以前ならば、多少の疲れが残っているくらいならば運動をすればさっぱりしておりましたが、そのような生活のツケなのか、あちこち故障しやすくなっていることに気づきました。そのため、最近では疲れというものを甘く見ずに、直近の仕事量を振り返ってみて、負荷をかけ過ぎていると思ったら休むようにしております。

 

また、読書も1日1時間を目安にして続けることはしているものの、1時間集中しきれないこともあります。それこそ、疲れや寝不足からウトウトしてしまうことも・・・。以前ならば、その分をロスタイムとして延長して読書をしておりましたが、1日1時間に固執しても、本を読んで頭に入ってこなかったり、何の気づきも得られないものです。知識は得られずとも、何だか良い文章や言葉と出逢えたと思えることもありますが、ただ無為に文字を追うだけで終わるときというのは、読書という行為や1日1時間ということに縛られているときと思うようにしております。

このようなときは、時間をカウントしたり、新しい本を読むことを控えます。その代わり、以前読んだ本や雑誌、写真集を眺めたり、「今から10分間読んでも集中できなければ、今日は中止しよう」と思うようにしております。これは運動のときも同じ考えをしており、無理な運動は場合によっては怪我を引き起こすため、「引き際」を大事にしております。

 

料理や料理といった日常の家事も、面倒とは思わないものの、ふと「今日はコンビニのお惣菜で済ませよう」とか「掃除は床をクイックルワイパーで拭くだけにしよう」と軽めにすることもあります。このようなときは、家に帰るまでは何ともなかったのに、家に入った瞬間に何かのスイッチが切れてしまうのです。きっと、家に帰るまで仕事などの無意識の気を張っていたものが、緩んでしまったのだと思うようにしております。

 

確かに「動いているうちにやる気が出る」ということもありますが、ちゃんと自分の体と心に相談することが大事だと思います。それこそ、それまでの自分の人生を振り返り、無理した結果どうなったか、今まではできたけれど今もできるか、というのは自分自身しか分かりません。それが私の場合は「とりあえず●分やってみて、それでも集中できなければ中断する」という判断をします。あるいは、「少しでもやったら明日以降に体調を崩す」と思ったら全て休みにします。料理もせずにお惣菜で済ませます。(まあ、さすがに使い終わった後のお風呂を洗ったり、皿洗いくらいはしますが・・・)

 

これらは、自分の人生の中で「あのとき無理に運動したら、翌日疲れがとれなかった」「30代前半までは大丈夫だったけれど、最近は無理に仕事をしていると微熱が出たり、お腹を下しやすくなる」と分かるようになったからです。特に、昨今は感染対策の一環として体温を測るといった健康管理をもって、出勤や通学するのが当たり前になっているため、自分の体調と向き合う機会にもなって、このような判断ができているという見方もできます。

 

つまり、自分のなかで「これは(本当は気になるけれど)NGだろう」「これは(本当はやりたいけれど)やらないようにしている」というものがあり、普段は日課や習慣の継続により自制できているけれど、ふと心の中で沸き上がったならば、それはもしかしたら体と心が疲労しているシグナルなのかもしれません。

そのようなときは「いやいや、駄目だ」と思って自制心を働かせるのも良いですが、無理せずに素直にオープンにするのもアリだと思います。それは自分の中だけにある「戒律」なのかもしれませんが、その戒律を破ってみるというのも人生には必要なときもあります。意外に、「あ、思い切って休んだほうが体が楽だ」「最近のお惣菜は健康に気を遣っているんだな」「動画は面白いけれど、たまにはデジタル機器に触れずにぼーっとするのもいいな」という発見もあるものです。

 

それは、自分だけの「戒律」を破ってみた人にしか分からない発見なのです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。