アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

ネット上に投稿するのは、何も承認欲求を満たしたい人ばかりでない

アラフォー童貞のODです。

 

2年近くブログをやっていると、色々なことに気づきます。その1つが・・・

 

ネット上に自分のことを投稿している人すべてが、

「いいね」を求めているわけでない

 

・・・ということです。

 

 ここ言う「いいね」というのはあくまで1つの例であり、他にもアクセスカウンターとかコメント数やコメントの内容、自分の投稿を引用されたとか、バズるとか・・・自分の投稿に対して何かしらの反応を得ることがあります。

 

 ブログを始める前までは、SNSにどこに行ったとか、何を食べたとか投稿している人たちというのは、「いいね」といった反応が欲しいのだと思っておりました。要は自己承認欲求の表れであって、自分の投稿に対してなるべく良い反応をもらいたい、自分を見てもらえる喜びを得ているのだと決めつけておりました。

 しかし、自分の思ったことをブログに書くという続けているうちに、その決めつけは誤りであると思うようになりました。つまり、本当に自分のためにやっている人もいるのだろうな、という考えも持つようになったのです。それは、自分自身がこのブログを書いている理由がこの心理に近いからです。

 

 もともと、このブログはアラフォーの毎日のように自慰行為ばかりしていた童貞が、同僚の女性にアプローチしようと一念発起して、禁欲をしたり身なりやコミュニケーションを見直したりし、その経過を書き綴っておりました。禁欲の苦しみやその効果、意中の女性へのアプローチの状況などを書いていけば、読んだ人は面白いと思ったわけです。

 しかし、いつもいつも何かが進展するわけでもなく、それどころかネガティブな内容ばかりで自分で書いておりました。今にして思えば結構しんどかったし、つまらなかったと思います。アクセスに乱高下はあったものの、読んでいただけているようだったので、それをモチベーションにして継続しておりました。

 そして、禁欲をして、ポルノや自慰行為のに浪費していた金銭や時間の節約の代わりに本を読むようになってから、途中からブログへ投稿する内容も変わっていきました。それに相まって、ユーチューブにおいて色々な著名人が本の内容を分かりやすく紹介するといった動画が増えた時期も重なって、面白そうな本があると片っ端から読んでいくようになりました。このおかげか、禁欲していた効果というよりも、性への執着が読書を通じての知識欲へ変わっていったため、ポルノ断ちしていた苦しみも落ち着いていったように思います。

 

 そうしているうちに、自分自身や身の回りへお見方が変わったり、自分が得た知識や考え方と日常生活における出来事や課題を結び付けて考える頻度が増えました。それがあまりに多くなっていったため、どこかで発散したり整理したりしないと頭がパンクしそうになったので、最初のうちはノートに書いておりました。しかし、書く量が増えると手が痛くなってきたのでメモ帳アプリに書いていき、それがいつの間にかブログにかくようになっていた、という流れになったのです。

 

 このように書くと、何だか意識高い系みたいに思われるかもしれませんが、上記でも書いた通り、そもそものブログを書くきっかけはアラフォー童貞が、意中の女性にアプローチするために禁欲することから始まっております。これが意識高いと言えるでしょうか? しかも、禁欲の効果もあいまいなうえ、意中の女性は諦めた次第です。

 

 禁欲を意識することはやめましたが、禁欲により副次的に習慣化された読書は続けております。毎日の楽しみであり、本を読む機会がないと調子が出ないくらいです。そして、本の知識と自分の日常とを結び付けたり、それを1つの考えとして文章にするのは日課のようになっております。このような取り組みをインプットとアウトプットなどと言うのでしょうが、そんな洒落た考え方でなく、何となく本を読んで、何となく「こうじゃないかなー」ということをカタチにしないと落ち着かない、というだけの話です。そのため、あまり自分が書いた文章を手直しするということはありません。たまに読まれた記事を振り返って、誤字脱字や文章的に変な個所を訂正するくらいです。まあ、それに気づくのも一つの成長と言えるのかもしれませんが・・・。

 

 ・・・と、このように、今や誰のためとか反応が欲しいとかではなく、いつの間にか自分の思考の整理のためにブログを書くようになり、現在まで継続しております。。そのような習慣としてブログを書いている背景から、ネット上に自分のことを投稿している人も、人によっては本当に備忘録として、自分のためにやっていることもあるのだろう、と思えるようになったのです。承認欲求を得たいのだろう、と無闇に決めつけるのは失礼だと思ったわけです。

 

 もちろん、このようなブログであっても、何かのきっかけで見てくれた人のプラスになるにこしたことはありません。この記事を読んだ方がプラスになったならば良いですし、一方で何も思わなかった人も無駄な時間と思った方もいるはずです。人の考えに触れる、他人情報を知るということはそういうことだと思います。

 

 だから、というわけではありませんが、現代のように自分の考えや身の回りのことを気楽にカタチにできる、投稿できる環境があるのですから、「嫌われたらどうしよう」「誰も見なかったら嫌だな」など思わずに、ネットリテラシーや倫理観が持てるならば、もっと自分のために発信してみても良いのではないか、と思うのです。

 それに、私の経緯を見てもお分かりの通り、始めとテーマが変わることなんてザラにあります。むしろ、その軌道修正こそが自分の変化であり、面白みでもあるのかもしれません。そして、本記事だけでも自分語りばかり、ほとんど読み手のことを考えて文章にしておりません。

 また、別にビジネスでやっているわけではないので、「いつでもやめていい」というくらいでやっております。そもそも、このブログ自体に執着心はないので、やめるとしたら一気に全部削除しようとも思っております。そして、また発信したくなったら新しく始める、というくらいです。なぜならば、自分自身の思考の整理そのものが目的なのですから。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。