アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他人を指摘する癖」に気づく

アラフォー童貞のODです。

 

 いつも他人に怒っている人はいないでしょうか? あるいは、いつも同じ人ばかりにイライラしてしまうことはないでしょうか? いつも自分の部下や後輩を叱りつけてばかりの人が身近にいないでしょうか?

 それは、他人を「指摘する癖」「責める癖」がついてしまっている可能性があります。特に、この癖は、指導や教育をする立場にある人などが、自分でも気づかないうち付いてしまうものです。

 

 他人に指摘をするというのは、ある種の優越感や自尊心を得ることができます。なぜならば、自分の思ったとおりに他人をコントロールする感覚になるため、間違った自己肯定感を得ることになるからです。分かりやすく言えば、優越感に浸れるということです。

 

「そのやり方は違うぞ」

「前にも教えただろう」

「何度同じ間違いを繰り返すつもりだ」

 

 店舗や現場作業をされている方で、このような注意をお客さんの前でする人がおりますが、見ていて気持ちが良いものではありません。このような教育や指導をする人は、部下や後輩・新人などのためを思って口うるさく言っているのではなく、「俺は優位な立場にあるんだぞ」とか「俺は色々知っているんだぞ」とか「こいつが間違えた後は、俺がうまくやれば、俺の評価が上がるはずだ」などと考えているのです。要は、周囲からの自分の評価しか考えていないのです。

 このような指導や教育を客先でやっていると、まるで自分がスゴイ存在であるように錯覚します。そうして、部下や後輩・新人などをダシにして自分の評価を上げる回数を増やしたくて、自分が気持ちよくなりたくて、気づかないうちに「指摘する癖」がついていってしまうのです。

 

 もしかしたら、初めて部下や後輩などが付いたときには、純粋に教育熱心だったかもしれません。しかし、部下や後輩などは自分に従順な反応をするため、それが気持ちよくなってくるようになります。しかも、褒めたときよりも注意するときのほうが優位性を持てる反応をしてくれます。それは怯えた反応です。怯えた反応は加虐心をそそります。それが欲しくてどんどん教育や指導という名のもとに、指摘や注意をしてしまうようになるのです。

 

 この「指摘する癖」がついてしまうと厄介なことがあります。本来であれば成長の糧となるはずの、いわゆる「相手の良いところを見る」「小さなことでも褒める」ということができなくなるのです。

 少しでも自分が優位に立ちたいばかりに、相手の良いところがあったときに無意識に見なくなったり、良い点を否定しようとすることさえあります。小さなことでも褒めることなんて、もってのほか。それよりも、あら探しをしては小さなミスや失敗を責め立てたり、うまくいったことが暗転したら「ほれ見たことか、俺の言った通りだろう」などとマウントをとるようになります。

 

 ・・・このような人から物事を教えてもらいたいと思うでしょうか? おそらく、思わない人がほとんどでしょう。もちろん、否定や反対意見というのは、自分にない視点を教えてくれるという考えをすればメリットはあります。しかし、指摘ばかりだと人は嫌気が指してきます。指摘ばかりだと、自分が歩いている道が正しいのかどうか分からなくなってきます。そして、ゴールはいったいどこなのか迷うことになり、どんどん不安が押し寄せて、あるとき違う道を変えるという選択をします。仕事で言えば、退職や転職するという道です。しかし、指摘ばかりの人はそれに気づかずに「あいつは根性がない」とか「教えてやった恩を忘れてやって」とか「あいつと一緒にいた時間は無駄だった」などと愚痴を言うのです。

 

 私はこのような指導員や教育者とは、距離を置くべきだと考えております。厳しさの中に気づきや物事の核心などのプラスがあるならば良いですが、いくら目上でキャリアがあったとしても、教えている側の自尊心や満足のために指導や注意ばかりしていると感じたならば、指導員を変えるよう相談したり、その環境から離れても良いのです。もちろん、ある程度やってみる期間は大切ですが、指導されたり叱られている先に光がないように感じるならば、退職や転職、離脱することに引け目を感じることはありません。もしかしたら、別の指導員や別の環境で同じことを教えてもらったほうが良い、ということもあります。あるいは、独学のほうが成長が早い人もいるかもしれません。

 

 さて、途中から教育や指導を受ける側の話になってしまいましたが、改めて教育や指導をする人は、「指導する癖」「責める癖」がつきやすい立場にいると思って下さい。それはお互いにとって良い状態ではありません。理想的なのは、教育や指導をする側も受ける側も、お互いの学びになることです。そのためには、教えても理解が浅い・覚えが悪いときには、それは自分の教え方に問題があると思うという姿勢が大切です。また、どんなに教えている立場になったとしても、基礎スキルを維持したり、新しい情報を得るという姿勢は持ち続けることも大切です。そのような姿勢であれば、きっと教えを受けている側も「自分も頑張ろう」と思ってくれるはずです。

 

 つまり、どんな立場いなっても、慢心しないことが大切ということなのです。 説教臭い記事になりましたが、私自身が職員などに教えることが多い立場なので、気づかないうちに「あいつの悪いところを直してやろう」と上から目線になることがあります。そのようにならないように、このような記事を書いたり、自分よりも目上の人やスキルのある人と関わる事で、至らない自分を諫めることもしていると思っていただければと思います。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。