アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

駄目な自分を客観視する方法

アラフォー童貞のODです。

 

 どんなに周囲から褒められても、どんなに成果を挙げたとしても、どんなに自分の身に良い出来事があっても、それを受け入れられない人はおります。私もかつてはそうでした。それは「良いことがあると、その後に悪いことも起こる」という恐怖心があるからです。違う視点で言えば「調子に乗っていると、しっぺ返しがある」という戒めであるという考えもあります。

 

 このように考えてしまう根本的な考えは「駄目な自分であってはいけない」「駄目な自分を周囲に見せてはいけない」「悪い目に遭わないためにも、しっかりしなければ」という強迫観念にあります。褒められた後に嫉妬や陰口を言われたり、下手に自信をもったことでニアミスをしてしまうかもしれないなどの恐怖心もあります。

 しかし、良いことの後に悪いことが起こるというのは、実際は印象の問題であるものです。このような思考を考えているからこそ、実際に周囲からの評判が悪くなったり失敗すると「調子こいているから印象が悪くなるんだ」「ほーら、見たことか」と自分自身に言い聞かせてしまいます。そして、良いことを受け止めること、自己肯定感がどんどん低くなるのです。もしかしたら、良いことが起きた後は何もないこともありますし、これまで自分が頑張ってきたことが花開いて、これまで忍耐強く我慢した結果として連鎖的に大成功になることもあります。自分がしたことが良くなるのか、悪くなるのかなんていうのは想定できませんし、もはや自分の捉え方となります。

 

 それでも、良いことがあった後に悪いことがあるかもしれないと思って、身構えて生きていくのは辛いものです。せっかく自信がついたり周囲から好評を得られたのならば、それを生きる糧にしたいもの。となると、その解決策としては、根本的な考え方である「駄目な自分であってはいけない」という思考を少なくすることにあります。

 ここで”少なくする”としたのは、過度に自信満々になってもいけないですし、周囲の評価に甘んじたままだと、その後の成長が止まってしまい、せっかく頑張ってうまくいっていたことが無為になる可能性があるからです。少しは気を引き締める部分は残しておいたほうが良いと思います。

 

 さて話を戻しますと、幾分か「駄目な自分であってはいけない」という思考を減らして、ほんの少し生きやすくしようという試みをするわけですが、それは・・・

 

 「自己開示をする」

 

・・・ということです。

 というのは、「駄目な自分であってはいけない」と思う人は、自分に厳しすぎる傾向があります。そして、それは主に他人と比較したり、他人の目を気にしたり、他人からの評判を軸に生きているため、「他人から駄目と思われたらお終い」という思いを抱いてしまっているのです。

 もちろん、他人の視点というのは大切です。自分の中で向上したいテーマがあったときに自分が今どの位置にいるか、他の人のやり方を参考にするなどいう意味では有効です。しかし、「駄目な自分」を隠すために他人の視点を避けるようになるのは得策ではありません。

 

 むしろ、駄目な自分をさらけ出したほうが良いのです。失敗談や悩み事、相談な興味などはどんどん言ってみてください。失敗談を聞くと「ああ、自分もしたことがある」とか「こうしてみたら?」というコミュニケーションが成立します。悩み事や相談などを言うと、ときには「え、そんなことで悩んでいたの? 気づかなかった」と言われることもあります。それどころか、一人で悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらい簡単に問題が解決してしまうことがあります。

 

 とはいえ、失敗や悩みなどの自己開示において大切なことは、自分の駄目なところを言うことによって、自分自身を他人に知ってもらうことです。そのためには、他人が分かるように自分の抱えていることを言語化する必要があります。そのため、関係性が構築されていないうちは会話が成立しなくても、自己開示を繰り返すうちに、徐々に相手に自分のことを知ってもらえます。それは、自分という存在や日常や考えを情報として相手に伝えているからです。その中で一番共感しやすいのが、失敗や悩み・相談なのです。それが「自己開示」なのです。

 

 いきなり深い悩みを言う必要はありません。最初のうちは「コンビニで間違った商品を買っちゃって」とか「書類ミスをしたので、すいませんが記入用紙をもう1枚もらえますか?」というレベルでいいのです。驚かれるかもしれませんが、自己開示が苦手で「駄目な自分であってはいけない」という人は、このレベルの失敗や相談でも言えないのです。そのため、周囲からどんな人か理解されにくくなるうえ、「あの人はそつなくできるから大丈夫だろう」と誤解されてしまいます。そのため、ちょっとしたことでも自己開示は大切なのです。

 

 自分のことを相手に知ってもらえるようになると、受け入れてもらえるようになります。その一方でダメ出しもされるようになります。それはジョーク的に「お前、駄目だなー」ということもあれば、「いい機会だから、指摘するとだね・・・」などの胸をえぐられることもあります。しかし、自己開示する前よりも周囲の意見を聞けることができるようになっているはずです。それは自分で自分の駄目なところを言葉にすることで客観視できているうえ、自己開示を受けた相手も良くも悪くも言いやすくなっているため、また違った視点で自分というものを教えてくれるからです。

 

 もちろん、本記事のようなことは一朝一夕にはいきません。私自身、この歳になってコミュニケーションを変える一環として、自己介助を周囲にするようになったくらいです。まだまだ自分のことを他人に言うことに抵抗があります。しかし、最近分かってきたことは、私が他人に自己開示をしたところで、話を聞いた人たちはあまり何とも思わないことです。すると、今まで駄目だと思っていた事象が自分の中にある「駄目な自分カテゴリー」から除外されます。すると、「ああ、こんなことを今まで気にしていたんだ。もっと早く周囲に話しておけばよかった」とか「この程度の話だったんだ」ということに気づけたことです。

 

 自己開示に慣れていくと、ほんの少し人生は楽になれます。私もまだまだ自分のことを話すときに緊張しますが、これからも自分の殻を剥がしていきたいと思います。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。