アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

認められたい相手ほど、自分を認めてくれないもの

アラフォー童貞のODです。

 

 「自分の幸せは自分が決める」という考え方があります。見方を変えると、幸せの解釈は他人が決めるのではなく、自分自身が決めて良いということであります。それはつまり、他人がNGを出したものでも、自分にとってOKならば問題ないということです。

 とはいえ、多くの人たちは、自分がOKだと思っているものに対して他人からNGを受けると、落ち込んだり怒ったりしてしまいます。それは、自分がOKと思っているものを否定されたことで、自分自身も否定されたような気持ちになってしまうからです。一方、自分が自信がないことに対して、他人からOKを貰えると嬉しい気持ちに切り替えることもあります。それは、自分自身を肯定された気持ちになるからです。

 このように、「自分の幸せは自分で決める」ということは頭で理解していても、社会という集団生活の中で生きる私たちは、他人からの承認や肯定を求めてしまうものなのです。どんなに自己肯定感を持つようにと言われても、他人に認められること、受け入れられることが幸せを感じる手段の1つになってしまうのです。

 

 他人から認められるということは、大きく分けて2種類に分けられます。1つは、特定の他人から認められるということ。例えば、家族や友人、同僚・上司や取引先、恋人といった、身近にいて、顔なじみの相手が対象となります。もう1つは、不特定多数の相手です。こちらはSNSなどが分かりやすいく、会ったこともない・顔も良くわなからない人たちが対象となります。

 他人から認められるならば、特定の人か不特定の人か、どちらが良いでしょう? どちらが認められたときに嬉しいでしょう? ・・・と聞かれても困るでしょう。認められるならば、どちらでも嬉しいわけですし。身近な人に「すごいじゃん」って言われるのも、SNSで「いいね」をたくさんもらえるのも、嬉しさの度合いに違いはありません。

 

 しかし、この2つに大きな違いがあるとすれば、特定の人を指して「認められたい人がいるけれど、その人はなかなか自分のことを認めてくれない」ということがあります。

 

 親に褒められたいのに、テストで満点をとっても褒められない

 友人に自分の特技を見せたけれど、「ふーん」で終わった

 上司に仕事ぶりをアピールしても、特に評価されない

 好きな人に自分の想いが伝わらない

 

 ・・・このようなことは、日常でよくあることです。そして、承認欲求を欲する人間という生き物である限り、誰にでもあることです。同時に「認められたい人がいるのに、その人には認められない」というのも、よくあることです。そうして、私たちは苦しみます。もっと欲張りなことを言うと、ちゃんと自分のことを認めてくれている人がいるのに、その人を差し置いて、自分が認められたい人にばかり執着してしまうのです。

 

 しかし、残念なお知らせがあります。それは・・・

 

 認められたい人こそ、自分のことを認めないもの

 自分を認めて欲しいと強く願っている相手こそ、自分のほうを見ないもの

 

 ・・・ということです。

 とても残酷ですが、事実ではないでしょうか? 

 

 これは相手が悪いわけではありません。なぜかというと、上記は事実でありますが、その事実を生んでいるのは自分自身です。それは、自分が過度に、認めれたい相手に対して「自分を見てほしい!」「ほら、こんなことができるんだよ。すごいでしょ」「自分はこんなにも、あなたのほうを気にかけているんだよ!」と思っているのです。そうして、「こんなにも、こちらが頑張っているのだから、そっちも応えてよ!!」という幼稚なことをしているのです。

 

 しかし、相手がこちらのことをどう思うのかは、相手次第です。いちいち「ああ、そんなに頑張っているのか、すごいじゃん」と言ってくれるわけではありません。それこそ、小さな子供に対してならば言うかもしれませんが、ある程度大きくなって、何なら成人してからは「そんなのできて当たり前」とか「そんなのを見せられても、どう反応していいか困る」と辛らつに言われるくらいです。なぜならば、相手が反応してくれるものというのは、その相手が興味ある人だからです。

 

 となると、認めてほしい人が、自分のことを認めてくれないということは、相手がこちらに興味がない状態という話です。そのため、どんなに頑張っても認められないのは仕方のない話なのです。認められたいということだけであれば、認められたい相手のターゲットを変えるしかありません。時間がかかっても、自分に興味を持ってもらえるための基礎的な関係を構築するのも手ですが、それでも望みは薄いでしょう。

 それは、多くの人が経験している「恋愛」というものを取り上げれば分かりやすいでしょう。頑張って信頼関係を構築すれば、デートに誘えたり、こちらを好きになってくれるならば、誰も苦労はしません。誰も失恋することはありません。何なら、フィクションのラブストーリーや描写はなくなるでしょう。そんな確実性のあるものに面白さを感じる人なんていないでしょうから。ハードルがあるからこそ、恋愛というものに人間は右往左往して、感情を乱してしまうから面白いのです。

 

 何も、認められない人から認めてもらえないということが、当然の話と言いたいわけではありません。頑張っているのに、認めてもらえないということに苦しんでいるならば、そういうこともある、と言いたいのです。いえ、むしろ多いと思ったほうがいいです。こちらが思っている以上に、他人というのは思い通りにならないものなのです。自分が頑張った分、こちらを向いてくれる・評価してくれるなんて、思わないほうが気が楽になります。むしろ、期待していないときに認められたならば、そのときに「嬉しい!」「頑張った甲斐があった。これからも頑張ろう!」って思えばいいだけの話です。認められることを前提に頑張るのは、ただ苦しいだけです。

 

 それよりだったら、特定の人以外から「すごいじゃん」「良かったよ」と言われたら、その人に対してちゃんと「ありがとう」「そう言ってくれて嬉しいよ」と丁寧に御礼をして、自分のことを見てくれている、その人に敬意を持つことが大切だと思います。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。