アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

無理に「笑顔でいよう」としなくていい

アラフォー童貞のODです。

 

いつも笑顔でありたいものです。

 

 笑顔な人の周りには人が集まります。眉間にシワを寄せている多弁な人よりも、微笑みながら話を聞いてくれる人のほうに好感を抱きます。

 人間の感情というのは伝播すると言います。同じ空間にイライラしている人がいると、そこにいる人たちにも何となくイライラしやすくなり、ギスギスした雰囲気になってしまうそうです。ならば、笑顔でいれば周囲も笑顔になりやすいという話になります。

 

 しかし、笑顔であることと内面が一致しないときもあります。「顔で笑って心で泣く」ということわざがありますが、笑顔であることと、心が穏やかであることは違います。私たちは周囲に気を遣って笑顔でいようとしたり、平気な素振りをすることがあります。それは他者に心配をかけたくないとか、落ち込んでいる人を立ち直らせたいといった気持ちがあるからでしょう。それは大切な考えです。しかし、自分の内面が疲弊しているとき、言ってしまえば笑顔でなんかいられない状態のとき、それを押し切って笑顔でいようとするのは、かなりエネルギーを使います。

 

 人間は自分の心理状態を表情で出します。それを鏡で見たとき、あるいは周囲から指摘されて初めて「楽しそう」「嬉しそう」というポジティブな心理や、「疲れている」「何だかしんどそう」「落ち込んでいる」といったネガティブな心理を察することができます。

 心理状態を表情に出すということは、とても自然なことです。表情に出すというのは1つのアウトプットです。それは自分が学んだことを実践したり、他人に教えるといったことと同様に、表情によって自分の心身に起きていることを確認できるのです。

 そのため、楽しい気持ちが表情として自然と笑顔になっているのならば良いですが、なりますが、そうではなく、非常にネガティブな心理状態であるときにそれを表情に出さず、それどころか正反対のポジティブな表情を無理やり作り出すというのは、自分の心理状態にウソをついているのと同じです。

 もちろん、「カラ元気も元気のうち」というとおり、ポジティブな素振りをしていることで疲れが吹き飛んだり、ネガティブな気持ちが前向きな考えに切り替わることもあります。しかし、そんなときでも、笑顔であることと心が穏やかであることは違うと思ったほうが良いです。

 それは自分自身も、そして他人もそうです。「笑顔でなければ」と思って、しんどいのに無理やり笑顔になったり、いつも楽しそうにしている人を見て「あの人はきっと悩みなんてないんだろう」と思うのも間違っています。人間、笑っていてもしんどいときはあるのです。

 

 一方、表情と心理がチグハグになってしまう人もいます。少年漫画の主人公は、ボロボロになりながらも不敵な笑みを浮かべて、強敵と対峙するように、現実においてもこのようなピンチになると笑いながら対処しようとする人はいます。私もそのような人にお会いしたことはありますが、実に楽しそうにピンチを何とかしようとしているので、周囲も何とかなるかも、と思ってしまいます。

 しかし、そのピンチが過ぎたあとで話を聞くと、本人は別に楽しそうにしていたわけではなく、癖で笑っているだけで内心は「どうしよう、どうしよう」と思っていたと話していました。しかも、周囲を安心させたくて笑っていたわけでもないどころか、周囲なんか気にかけている余裕もないのだそうです。人は見かけに寄らないとは言いますが、笑顔でいることが混乱を表している人もいるのです。大事な局面において、笑顔で乗り切れる人もいれば、眉間にシワを寄せて耐える人もいる、といったことも理解しておいた方が良いのかもしれません。

 

 笑顔であることは良いことです。

 しかし、しんどいのに無理に笑顔である必要はありません。

 せいぜい、「なるべく笑顔でいよう」くらいの姿勢で良いと思います。

 

 つらいのに無理に笑顔でいると、余計にしんどくなります。真面目な人ほど「いや、笑顔でなければ周囲に心配をかける」「自分が落ち込んだ表情をしていれば、迷惑をかけてしまう」「笑顔笑顔、ネガティブなんて駄目だよ」なんて、自分にも他人にも押し付ける必要なんてないのです。

 それよりも、しんどいときは「しんどい」、疲れたときは「疲れた」、まいっているときは「まいったな」と言葉に出したほうが気持ちは楽になります。無理に笑顔になってポジティブであろうとするよりも、エネルギーの消費は少なくエコロジーに心身のコンディションを改善することができます。

 

 とはいえ、私たちは社会という集団でいる環境におかれているため、周囲に合わせようとしたり、上司などの目上の人や、あまり関わったことのない人たちを前にすると、見栄を張るように、「自分は感じがいい人ですよ」「自分は問題ない人ですよ」「私はまだまだやれますよ」「私は敵対心がないですよ」と主張するかのように笑顔でいようとします。しかし、このような気遣いや虚栄心の笑顔というのは、自分に負荷をかけてしまうものです。

 

 本当の意味で周囲に気を遣うならば、しんどいときに無理して笑顔になって「私は大丈夫だよ」と言うよりも、「今日は無理っぽい」といって休んでもらったほうが結果的に周囲も気を遣わなくて済みます。逆に、無理に笑顔になって「大丈夫」と言って、心身のコンディションを崩してしまうほうが、よっぽど迷惑になります。また、無理に馴染んでいるかのように振る舞うよりも、「慣れていないので、まだ緊張します」と伝えておいたほうが、相手も対応の仕方を変えやすくなるものです。

 

 そうして、ちょっと肉体や精神に余裕が出てきたとき、余裕があるときでいいので、そのようなときに笑顔でいようとすればいいのです。何だか自分勝手で気分屋な感じがするかもしれませんが、無理に笑顔でいようとして疲弊しやすい人にとっては、このくらいのワガママさがあっても罰は当たりません。

 

 しんどいときは「しんどい」と認める。

 少し余裕があったら笑顔でいる。

 このくらいが丁度良いのだと思います。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。