アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「マイノリティ」との向き合い方

アラフォー童貞のODです。

 

「これって自分だけでは・・・」と思うことはないでしょうか? 

 

 趣味、嗜好、環境、考え方・・・ちょっとした機会に、他人との違いに気づくのです。そうして、自分は普通とは違う感覚を持っているのでは、ということを思うようになります。そして、身近な人たちと自分とを比べて、徐々にそれが自分の中で確信へと変わることもあります。

 

 これは、自分のマイノリティ性(少数派)への気づきです。

 

 このようなとき人は、まず独りで思い悩みます。自分は当たり前だと思っていたことが、実は他人はそうではなかった・・・このショックは大きいです。ときには、何かの拍子にその周囲に露見してしまい、そのときにはじめて自分のマイノリティ性を知ることもあります。そして、場合によっては悪意もなく馬鹿にされてしまうこともあるでしょう。

 私の場合は、童貞であることです。今はアラフォーになってみると、童貞であることに何とも思わなくなりましたが、やはり20代~30代前半までは気にしておりました。童貞というのは世間からすると珍しいのでしょう。取引先との接待という大人数のいる場でバラされて、嘲笑されたこともありました。馬鹿にされるのは承知でしたが、何だか人間性まで否定された気持ちになったことを覚えております。そして今ならば、その場にいた人たちだって、その場のノリで笑ったり、マウントをとれる人がいたことに安心感を抱いたのだろう、ということくらいは理解できます。

 しかし、自分のマイノリティ性に気づくこと、そして他人からネガティブな評価を受けるのは楽しい気分になれないものです。そうして、自尊心を守るためにどんどん自分のマイノリティ性を隠そうとするようになります。

 

 そんな中、幸いなことに、現代ではインターネットによって多種多様な考えを得ることができます。ちょっとキーワードを入れると、すぐに自分と類似の嗜好や趣味を持った人を見つけることができます。ときには、全く自分と同じ感覚をもった人に出会えることもあります。何なら、ネットを介してコミュニケーションを図ることだってできるし、直接会って話をすることだってできます。

 こうなると「ああ、自分は独りじゃないんだ」「世界は捨てたもんじゃないな」と思えるようになります。独りで思い悩むよりも、とても良いことだと思います。

 

 しかし、自分以外にも同様の感覚を持っている人がいるからといって、そのマイノリティ性を世間に喧伝するのはお勧めしません。それは価値の押し付けであり、自分がマイノリティで悩むようになったときのように、自分のことを馬鹿にしたり否定した周囲の人たちと同じことをしているからです。他人の世界や価値観を押し付けられたり、まくし立てるように主張されても、ひたすら迷惑なだけです。

 

 では、マイノリティ性を持った人は、やはり他人に馬鹿にされないように、迷惑をかけないように、ひっそりと生きればいいのか? というと、そういうことはありません。単純に、過度に自分のマイノリティ性を主張する必要はない、というだけの話です。

 私で言えば、周囲に童貞であることをアピールする必要もないですし、「童貞だって立派に生きているんだぞ」などと主張することもしなくていいのです。もし、聞かれたら女性経験がないということを言えばいいだけの話だし、それでおかしいとか馬鹿にする人がいても「まあ、おかしいって思うよね」で話を終わらせます。そこから何か発展するような話題でもないですし。

 

 そもそも、世間から見れば、誰がどうマイノリティであるかなんて関係ありません。

 

 特に現代では、何の影響もありません。自分のマイノリティ性に気づいたからと言って、ひっそりとしていても、堂々としていても、主張しても、世間にはさして影響はありません。例えば、勤務態度に問題ない真面目なサラリーマンがSMに傾倒していても、素晴らしいスピーチで多くの人々を感動させる人の趣味が拷問の歴史を調べることであっても、修行僧と同じ生活をしている小学生がいたとしても、誰もが卒倒するような激辛料理を笑顔で食べられる人がいたとしても・・・意外に世間はどうでも良いのです。

 おそらく、最初のうちはギョッとされるかもしれませんし、ドン引きされるかもしれませんが、そのような反応をした人たちだって、別に自分らに実害がなければ「お好きにどうぞ」と言って終わるだけです。むしろ、他人のマイノリティを知って人間性まで判断するのは失礼です。

 

 上記でも書いたとおり、現代ではインターネットの検索で自分と同様のマイノリティを見つけることができます。それどころか、自分のマイノリティ性なんて大したことないとすら思うかもしれません。そのくらい現代は一人ひとりの感覚は多様であり、それらが認められております。堂々とすればいい、とまでは言いませんが、変にかしこまる必要はないのです。自分の奥さんに欲情するけれど、ポルノで自慰行為をするときには2次元のロリ系に興奮する人だっています。

 

 そもそも、人間って矛盾する生き物です。

 アイデンティティだって曖昧です。

 「これが自分」って言いつつ、「これも・・・自分かも?」となります。

 

 マイノリティというのは自分の中にある1つです。それが自分のすべてではありません。マイノリティに悩むなとは言いません。むしろ、悩む要素があってこそ人間らしいとも言えます。

 安心してください。誰だって、マイノリティな部分は確実にあります。それが自覚しているか、気づいていないか、周囲も知っているのか、知らないのか、そして・・・そんな自分が好きかどうか、のくらいの話です。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。