アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

ネット上の炎上なんて、せいぜい「焚火」くらいの話

アラフォー童貞のODです。

 

 「〇〇して炎上」といったタイトルの記事を見かけることはありますが、その記事の詳細を見たい、知りたいとは思いません。興味がないということもありますが、「炎上」と呼ばれるものに関わっても、無駄なだけと思っているからです。

 

 インターネット上における「炎上」とは、とある建物が物理的に焼かれ広がっている状態ではなく、特定の人物または集団の起こした言動に対して、不特定の人たちが過剰に反応して、インターネットを通じてコメントや投稿などで非難や中傷を行い、それがまるで炎が燃え広がるように拡大する状態です。それはコメントなどだけでなく、他の人たちにも知ってほしい人たちが「拡散」することによっても炎上は広がっていきます。そうして、炎上という非難を受けた人たちは、自粛したりアカウントを凍結する、という行為に出ます。そうして、自分の行いを省みているかいないかは分かりませんが、ひとまず事態が鎮火(鎮静化)するのを待つようになります。

 

 ・・・このように書くと、「炎上」というのは重大な出来事のように思いますが、実際はそんなに大きな話ではありません。炎上によって社会の問題点が明るみに出ることもありますが、極めて稀な話です。そして、特定の人たちの言動によって、近隣の人たちが不安を抱いたり、ニュースを見たことによって不快に思ったりと、間接的な被害や精神的ダメージを受けた人たちもいるのでしょうが、それが総意となって何かしらの社会的な運動になったという話も聞くことはありません。2~3日もすれば、誰もが忘れてしまいます。それどころか、何かしらのコメントを投稿した後は、自己満足してすぐに違うものに興味を移すはずです。

 

「炎上」というのは、しょうもないレベルの話です。

炎上がきっかけで世の中が変わることもない、裏紙の落書きのようなものです。

 

 つまり、多くの炎上というのは、特定の人物(または集団)の言動によって不快感を示した人たちが、インターネットを通じて匿名で非難することであり、実際は重大な社会問題でもなければ、社会全体が世論として非難をしていることでもない、という事です。

 

 炎上という言葉を使ってはおりますが、その炎の大きさは、修学旅行のキャンプファイヤー・・・いや、せいぜい「焚火」くらいなのかもしれません。バケツの水一杯分で、あっさり消えてしまうほどの話です。

 

 その炎は間近で見ていれば熱いですし、やけどを負うかもしれません。しかし、少し離れて見れば暖かい。何なら見ていていると、心が落ち着きます。そこから更に100メートル離れたらどうでしょう。ギリギリ焚火と認識できるけれど、近くに可燃性の何かがない限りは危険とすら思いません。さらに離れれば、もはや認識できません。その頃には焚火のことも頭から忘れて、違うものに興味が移ってしまっているでしょう。

 

 何度も言いますが、世間をにぎわしているように見える「〇〇して炎上」などと言うのは、その程度のものなのです。その詳細を知ったところで不快になるだけだし、直接関与することなんてできず、せいぜいインターネット上にコメントを投稿するぐらいです。そして、最終的には世間も自分も忘れてしまいます。何年後かに「ああ、そんなことあったね」くらいで終わるものです。

 

 そんなニュースや情報を見て、一体何の意味があるでしょうか?

 「炎上」に感情をむき出して、その後の自分の人生に大きく影響するでしょうか?

 ・・・知るだけ時間の無駄ですし、何も生み出すことはありません。

 

 とはいえ、私もかつては"まとめサイト"を毎日のようにダラダラと見ていた時期があったのにで、強くは言えません。そのときの私もまた、今にして思えば大した話でもない、誰かがしでかした言動やネットの記事に対して、匿名でコメントしておりました。そのときは、自分なりの意見を述べて、社会に一石を投じやったと思っておりました。自分のコメントに別の方(この方も匿名)が賛同してくれたなら、嬉しいものでした。

 しかし、実際はただの自己満足です。自分のコメントなんて、インターネット上にある無数の記事の1つであり、その記事だって類似のものが多数あり、そこには多数のコメントがあり、そのうちの1つが自分のコメントです。何かを変えるとか、特別な意見としてピックアップされることなんてない、凡庸な意見です。今にして思えば、ずいぶんと無駄な時間とエネルギーを費やしていたものと思います。

 

 「炎上」に興味を抱いたりコメントしたりするのは、ただの野次馬です。もっと言えば、正義感などではなく、叩いても問題ない存在を見つけて、その相手に自分の潜在的な鬱積をぶつけているだけです。むしろ、炎上しているニュースなどに過剰反応してしまうならば、少し心と体が疲れているのかもしれません。仕事で嫌な上司からガミガミ言われたり、周囲から陰口を言われたり、自己表現がうまくできなかったり・・・そうしたネガティブな心理があるとき、気がつかないうちに破壊衝動を抱いてしまうことがあります。そんなとき、炎上している対象を見つけたとき、悪いことをしている奴がいることを理由に、自分のはけ口にしてしまっているのかもしれません。

 しかし、そのようなことをしても、何も解決はしません。ネガティブな気持ちのときにネガティブなものに関わって、ネガティブな反応をしても、誰も幸せにはなりません。ネガティブな気持ちのときは、ひたすら自分を休ませる方向に努め、炎上なんかで発散しようと思わないでください。

 

 このようにならないためには、最初からネガティブと分かっている「炎上」と呼ばれる出来事・記事に関わらないことです。これはインターネット上だけではなく、現実世界における日常も同様です。

 

 再三申しましたが、炎上という言葉だけれども、実際は焚火程度の話です。そんな小さなことに関わっても人生は充実しません。自己承認欲求も満たされることはありません。誰からも肯定されません。ただ、さらに満たされない不快感が募るだけです。

 

 情報過多な時代です。自分で自分のためになる情報を見極め、本当に自分を自分らしためる情報に触れることが大切です。欲を言えば、世の中の人たちの役に立てる情報を、ほんのちょっとでも発信できる存在であれば嬉しいです。私もそうでありたいと思っております。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。