アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「他の人が働いているのに、自分は休んでていいのか・・・」と不安を抱くのは間違い

アラフォー童貞のODです。

 

 他人の目を気にする、他人と比較してしまう、他人に悪く思われたくない・・・このような考えは、集団生活の中で思考として振る舞いとして表れてしまいます。それは社会人としてにおいてもよく見受けられます。

 

 よくあるのが、「他の人が働いているのに、自分は休んでいていいのか・・・」というものです。

 例えば、自分の与えられた仕事を黙々と遂行し、それも予定通りに終わる目途が立っているとします。そうして、12時になったのでお昼の休憩に入ろうとしたとき、他の人がせかせかと動いていると、何だか休憩に行きにくい・・・なんてことはないでしょうか?

 お昼になったら徐々にデスクから離れて、近くのお店にランチを食べに行ったり、コンビニにお弁当を買いに行く、そのまま自分でお弁当を広げる・・・などと、そのような風景な日常ならば、気兼ねなく好きなように振る舞うでしょう。

 しかし、職場や業種によっては、時間ではなく職員各人の判断で休憩に入ることもあります。この場合、職場によっては黙ってデスクを離れて休憩に入るのが当たり前のこともありますが、別な職場では「お昼行ってきまーす」とか「休憩入りまーす」と一声かけてから職場を出るようにすることもあります。前者の場合は黙っていても誰も気に留めないのでこっそり抜ければいいですが、他の人に声をかけて休憩に入るというのは、コミュ障でなくても気兼ねしてしまうものです。別に自分の仕事の進捗に問題がなければ、自信をもって休憩すればいいのに、上記のように他の人たちが血眼になって働いているのに、自分だけが休憩に行こうとするのは躊躇してしまいます。

 

 ちゃんと休憩をとることは、その後の仕事のパフォーマンスを確保することに必要なことは分かっていますし、お腹が空いているか昼食だって食べたい。でも、いくら自分に余裕があっても、周囲が忙しそうにしていると「自分も忙しくなければいけないんじゃ・・・」「忙しくなければいけない」と思ってソワソワするのです。

 たまに上司や先輩などが気がついて「おお、気にせず休憩入りな」と言ってくれればいいですが、休憩入りが個人判断に任せられる職場の場合は、そんなことを言ってくれない場合もあります。そうして、昼食も食べれず、休憩も入れないまま時間だけが過ぎていき、午後に抜けられない用事に突入して、しんどい状態で終業時間まで踏ん張るしかなくなってしまうのです。

 そうして、自分は周囲を気にして貴重な昼食や休憩もフイにしたのに、しばらく時間が経ってからその周囲から「よし、一区切りついたから飯でも食いに行こうぜ」などと言う発言が聞こえようものなら、「え? こっちは休憩に行けなかったのに・・・」と愕然としてしまうこともあります。

 

 このような人は、休日も職場のことを気にしたり、働いている他人を気にすることもあります。これは例えば、24時間営業のお店や土日祝日も営業している職場であり、勤務がシフト制だったり夜勤だったりと、(月)~(金)の9時~17時などの就業形式でない職場が該当します。

 すると、自分はシフトでちゃんと「休」とあるのに、上司やシフト作成担当が、労働基準や休み希望なども加味して休日をつけてくれているのに、それにも関わらず休日になると「ああ、この時間も同僚は働いているんだ」「自分は休んでていいのかな」と思って、ここでもソワソワしてしまいます。そうして、上記の休憩のように1日をフイにしてしまったり、考えるのが嫌になった結果として眠ってしまって、気がついたら外は真っ暗・・・。そうして「もっと、色々なことができたんじゃ」とか「休日なのに、疲れがとれない」といった一日を過ごしてしまうのです。

 

 ずいぶんと具体的に書くな、と思われたかもしれませんが、これはかつての私の思考パターンだったのです。休憩を自己判断で行くタイプの職場だったし、働き方もシフトまで行きませんが、休日に出たら振替休日もちゃんと出ていたのに、他の同僚が働いるのを横で見たり、自分が休んでいるときにも働いているというのを考えだしたら、「休んでいる自分はダメなんじゃないか」「休んでいると悪く言われるんじゃないか」なんて思っておりました。

 

 しかし、管理職という立場になって気づいたこと、職員やスタッフの皆さんに対して言いたいことは「休憩時間は休みなさい」「休日は好きに過ごしなさい」ということです。他人のことなんて、気にしなくてもいいです。気にしても何の意味もありません。

 

 たまにシフトを提示した後に「〇〇さんはいつも休み希望出して、こっちは迷惑だ」なんて陰口を叩いているスタッフもおります。すると、このようなことを言われていると知った当の本人が、気にして私に不安を相談してくることもあります。「休み希望が多くてすいません」というように。それに対しての私の返答は「気にしなくていいよ。休み希望があるかないかだけで、月単位で見れば、みんな同じ日数休んでいるから」です。

 そうです。意外にそんなものです。陰口を叩いている人だって、実際は休み希望を出している人と同じくらい休んでいるものです。不満があるならば、自分も休みたいときに休めばいいだけの話です。また、このような陰口を叩く人に限って、お給料についても「同じ仕事をしているのに、〇〇さんは優遇されている」なんて言います。

 しかし、これも実際は思い違いなことが多いです。優遇されている・されていない、という話ではなく、「雇用形態に違いがある」というだけの話です。それは就業時間だったり、基本給や時給だったり、役職という責任だったり、家庭の事情や社会保険の関係だったりと様々です。個人的な見解ですが、雇用契約が全く同じということはないと思って良いと思います。手当だったり何だったりと、必ず微妙に差はあります。それを知らずに、陰であーだこーだというのは、むしろ世間知らずです。

 そもそも、給与に不満があるのならば、給与の高いところに転職すればいいのです。そうでなければ、職場に認められるような働き方や実力・成果を出せばいいのです。そうすれば、しかるべき役職について、しかるべきお給料がもらえるでしょう。

 

 ・・・途中から話が脱線したように見えますが、何が言いたのかと言うと、社会において同じ環境にいると、みんな同じ条件で生きていると思ってしまいます。そんな中で自分だけが違いがあると、何となく不安を抱くのも仕方がありません。その1つが周囲が忙しそうにしているのに、自分は楽をしていていいのか、という心理です。それが転じて「他の人が働いているのに、自分は休んでていいのか・・・」という考えになってしまうのです。

 

 しかし、実際は全く同じなんてことはありません。微妙な差はあります。忙しい時期だって、作業量だって、スキルだって要領だって異なります。忙しいそうにしているのは、その人の能力が低いだけかもしれません。そこに対して配慮をしても、何の生産もしません。特に仕事は「価値を生み出すこと」が目的であるので、そこに対して自分が周囲を配慮したところで、何の価値も生み出さないのが現実です。

 それならば、他人のことなんて気にしていないで、休憩時間は休む、休日は好きなように過ごす、というようにしたほうが、仕事に集中すべき時は集中し、能力を発揮するときは発揮できるようになるのです。そうすることで、価値を生み出すことによって、見えない第三者の笑顔につながるということになります。

 

 他人が忙しそうにしているのを気にかけても仕方がないです。そこで手伝ってあげても良いですが、それで本人のためになるかは分かりません。下手に手伝って、その後に依存されても迷惑なだけです。忙しそうにしている人がいても、そこで自分の休憩に入っても、別に冷たい人間だなんて思われません。

 

 だから気にせず、ちゃんと休めるときは休んでください。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。