アラフォー童貞は〇〇と考える

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「一発屋」と馬鹿にする人は、現状維持タイプかも

アラフォー童貞のODです。

 

 「一発屋」という言葉があります。

 本来の意味や由来は分かりませんが、歌手や芸人、タレントさんといった芸能人に対してよく使われる印象があります。要は、一時期ものすごい人気があったり、大ヒットしたコンテンツを生み出したものの、しばらくすると名前すら聞かなくなったときに用いられるようです。

 

 別に一発屋と呼ばれている人たちをフォローするわけではありませんが、意図的または意図せずとも、何かのタイミングで人気になったり大ヒットしたりしても、そのまま売れ続けるということは稀です。これは芸能といったエンターテイメントの分野に限らず、世の中をひしめく商品やサービスだって同様です。同じ商品やサービスをずっと使い続けるという人もいるでしょうが、大抵の場合は一年もすれば身の回りのものの大半は変わっているはずです。それは、壊れたとか不要になったからというのもありますが、飽きたとか興味を失ったということもあります。

 

 一方、人気がなくなったとか、ヒットしたものが下火になったとか、名前を聞かなくなったからといって、その存在がなくなったとか、その業界から引退した、ということも必ずしもありません。

 例えば、たまにスーパーやドラッグストアで買物をしていると、「これ、すっごい懐かしい」「この商品、まだ売ってたんだ」という気づきに出くわすことはないでしょうか? 私自身、小学校の頃になぜか爆発的に売れた飲料水などが、よくCMで流れているペットボトル飲料と混在して陳列されているのを見ると、「お前、まだ売ってたんだな」と何だか嬉しい気持ちになります。

 歌手や芸人だって、大ヒットした歌やネタを覚えているものの、それ以降何をしていたのかは知らず、数年後、十数年の時を経て、テレビなどで「この人、まだ活動していたんだな」と知ることがあります。最近、と言って良いのかわかりませんが、ここ数年で一般の人も動画配信を当たり前にできるようになったこともあるのか、何かしらの活動の一環や素材として昔の曲が使われることがあります。そうして、その動画がヒットすると、それと連動して歌っている歌手も引っ張りだこになる現象もあります。

 

 何が言いたいのかというと、人気が出たり、大ヒットしたりした人などが大衆の目から見なくなっても、一発屋と呼ばるようになっても、別にその人たちの活動そのものがなくなったわけではない、ということです。言い換えると、その業界から引退しているわけではない、ということです。しかも、久しぶりに見たときに同様の活動をしているということは、大なり小なりのニーズがある、ということを意味します。それがどのくらいの規模のニーズかは別として、ビジネスとして成り立っているいうことなのでしょう。つまり、人気があったり大ヒットしたりした時期と、同様のレベルでの人気や売り上げがなくなったとしても、それで引退しているだろうとか、別な仕事をしているのだろうと思って「一発屋」というのは少し違うと思うのです。

 

 上記でもお伝えしております通り、一度売れたからと言って、それを維持できるというのも稀なのです。そもそも、人気が出るとかヒットするということが稀なのです。ビジネスは中長期的に見ると、売り上げには波があるものです。売り上げや注目度があるに越した話はありませんが、普通はそれらが中低空で進むものです。もしも、ずっと大ヒットレベルの売り上げや注目をし続けているとしたら、それを発信している側は途中で疲れてしまって、ミスが起きたり、クオリティが落ちて、それこそ売り上げや人気が低迷してしまうようになります。そのため、どこかのタイミングで、中規模あるいは小規模まで売り上げや注目度を低下させることも必要だと言えます。

 この場合、活動分野を一気に変えてしまったり、180度に方向転換をしたり、解体してしまうのもアリです。むしろ、人気があるからといって、まだまだ売上を確保できるからといって、欲をかいて類似のコンテンツを出してばかりいても、消費者やユーザーから飽きられてしまいます。それならばいっそ、自分の存在や事業の軸やあり方はそのままに、視点を変えた方向にチャレンジするというのは有意義だと思います。例えば、演じ手だった役者さんが、脚本を書いてみたり、監督という役割に挑戦することもあります。テレビ番組のちょっとしたコーナーで初めてやった作業で、意外な才能を開花させたタレントさんだっております。芸能人に限らずとも、一般の会社員でも事例はたくさんあります。現状の仕事でものすごい成果を挙げているのに、良い生活ができているのに、とある国の悲惨な状況を知って、裸一貫で支援活動に臨むようになった人もおります。・・・このような人たちも「一発屋」なのでしょうか? むしろ「挑戦者」と言っても過言ではありません。

 

 さて、このような人たちを「一発屋」と呼ぶ人たちがいるのでしょう?

 

 おそらくですが、「一発屋」と言う人たちはきっと、現状維持タイプなのだと思います。つまり、自分の狭い世界に生きて、世界は変化しないと思っている、世界は変化しないのが当たり前と思っている、あるいは変化してほしくないと思っているのです。そのため、自分の世界もまた過去のままで止まってしまっており、かつての人気者や大ヒットした芸能人などもずっと同じ状態でなければいけないと考え、そうではない現実を知ったときに落胆して「一発屋」という安直な言葉で終わらせるのでしょう。

 

 しかし、変化するのは当たり前です。上り調子のときもあれば、下り調子のときもあります。大切なのは、そのような状態のとき、どう思考(試行)して、どう行動するかということです。やり方や環境を思いっきり変える、全く別の分野に挑戦したり、新しい仕事で一からスタートすることだって良いでしょう。

 

 そういう人たちを「一発屋」と呼ぶのならば、その人は単純に現状にしがみついているだけということになります。変化が当たり前の世界において、変化が怖くて、適応しようともしなくて、変わってほしくなくて・・・そこにかつて人気だったり大ヒットした人の集落ぶり(と思っている)を見て、「一発屋」と馬鹿にして安心感を得ようとしているのではないでしょうか?

 

 確かに人気だったり、大ヒットしたかつての過去にしがみついている人たちもおります。それはそれで、変化していこうとする気概があると思いますので、それ自体を否定しません。成功できるかどうかは別の話として、「一発屋」と馬鹿にしてくる外野よりも意義はあると思います。自分が納得できるだけ頑張れば良いと思います。

 

 もしも、「あの人は今」的なものを見て、過去のその人と比較してがっかりしても、決して「一発屋」などと思ってはいけません。そんなことを思う暇があるならば、「今の自分はどうだろう」「変化に適応できているかな」「変わっている世界で、これまでを現状維持しようとしていないか」と振り返る機会にしてみてはいかがでしょうか?

 

 ・・・スーパーで久しぶりに懐かしい飲料水を見つけて、そんなことを思った次第です。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。