アラフォー童貞は〇〇と考える

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「太った?」と言われたとき、ドキっとしてしまう理由

アラフォー童貞のODです。

 

 私は標準体重というものを、そこまで気には留めていません。ある程度は気にするものの、自分の身体のコンディションがどういう状態のときに調子が良いと言えるのか、質の良いパフォーマンスを出せるかは、結局は自分自身が一番良く分かっているからです。もちろん、健康診断の数値も参考にしますし、体調が悪いときには病院にもお世話になります。その一方で日常的に体温を測ったり、食事に気をかけたり、運動をするなどというコンディションを一定にする習慣は基本として行っております。それでも自分のコンディションが悪いと思うならば、習慣を見直したり、睡眠や休息を重点的にとるといったこともしております。

 意識高い系と言われるかもしれませんが、充実した毎日を送るためには、そういった健全な生活というのは必要と思っているので、言わせたい人には言わせておきます。私は勝手に健康を意識した生活を送るだけです。

 

 さて、冒頭で体重について触れましたが、漫画でよくある展開として「最近太った?」と言われて、キャラクターがギクッとして、体重計に乗ってみてびっくり。そうして最近の食生活などを振り返り、ダイエットを始める・・・なんてのは定番です。これってフィクションだけではなくて、現実世界でも多いあると思います。

 ここで疑問なのが、他人から「最近太った?」とか「ちょっとふっくらしたよね」と言われたとき、ドキッとする人は多いと思いますが、なぜドキっとしてしまうのでしょうか? 平気な顔をして「ああ、そうかも」とか「ああ、体重計ってないな」とか「そう? 教えてくれてありがとう」などという反応をする人を、あまり見かけません。

 多くの人は、太ったのでは? という何となくの主観に対して、何となくドキっと反応をしてしまっているように思います。

 

 このような反応をしてしまう1番の要因は、多くの人にとって「太るということが悪いこと」という認識があるからです。同様に「痩せていることは良いこと」という認識もあります。

 また、太ったと言われたときに「身に覚えがあるから」というのもあるでしょう。そのため、太ったという事実もそうですが、そういう結果を作り出してしまった自分自身の生活習慣にうしろめたさを感じてしまうからです。(もしも、身の覚えがなければ病気などの別要因も考えられるので、別の意味でドキっとするでしょうが)

 そして、副次的なこととして、「見た目が悪く見られる」とか「不健康な人」といったような周囲の評価も気になる、ということもあります。

 

 このように考えてみても分かるとおり、他人からの太ったという指摘に対して、私たちは結構ふわっとした理由でドキっとしていることが分かります。いや、理由とも言えない、イメージで反応していると言ったほうが良いかもしれません。

 

 そもそも、「太った」または「痩せた」というのは、体重計に乗れば一発で分かりますが、しかし、見た目というのは他人の判断に他なりません。確かに他人の評価というのは自分で気づかない部分を教えてくれる視点ですが、あくまで他人視点です。そこに他人と自分との共通の評価基準を持たずに、何となく相手は「太った?」と聞いているだけなのです。しかも、太ったかどうかを伝えてきた相手は、そこまで何かしらの思惑があって伝えたわけではなく、何となく雑談の一環として言っていることがほとんどです。何か仕事が立て込んでいるとか、以前とあまりにも異なる状態ならば心配しているでしょうが、「太った?」レベルのきき方の場合は、相手もそこまで考えがあるわけではありません。そのため、そこまで過剰反応する必要はないのです。

 

 では、なぜ他人からの「太った?」に対して過剰反応してしまうのかというと、上記でもお伝えしました通り、「太ったということは悪いこと」という(人によって異なる)基準や風潮によって、ひいては「自分はダメな奴なのでは」とか「周囲からの評価が悪くなる」という恐怖心を抱いて、ドキっとしてしまうのだと思います。それは、見た目が悪くなるとか、だらしない生活をしていると思われる、といった、他人からすればどうでも良いことに対して、勝手に不安を抱いてしまうのです。

 

 しかし、太ったからと言ってなんでしょう。もちろん、見た目が変わったとかいう他人からの評価が若干変わることはあるでしょう。洋服のサイズが変わるというデメリットもあるかもしれません。それに、太ったことを心配する人たちが多い一方で、体重を増やすことに苦労している人たちもおります。その人たちからすれば、「痩せた?」と言われるほうが死活問題、という見方もあります。

 

 何が言いたいのかというと、やみくもに「太った」=「駄目なこと」を持たないほうが良い、ということです。見た目も含めて、体重というのは1つの現在の自分の健康状態の指標です。それに対して、他人からの視点に対して一喜一憂するほうが不健全だと言えます。

 

 まずは「太ること」=「悪いこと」という認識を外しましょう。

 それは世間一般的な風潮に過ぎません。

 

 そのためには、自分の日常においてどういう活動をしていて、自分がどのように肉体を動かせればよくて、自分がどのような肉体の状態であればそれが可能なのか、その肉体を維持されている状態というのはどういう状態なにか、を自分自身で検証することが大切です。その一つの指標が体重であったり、脂肪や筋肉の状態といった見た目なのです。それが自分の中で定まっているならば、他人から「太った?」と言われたところで「まあ、今は調整時期だから」とか「いや、このくらいがベストコンディションなんだ」と返答できるはずです。

 

 つまり、「太った?」ということにドキっとしてしまうのは、世間のイメージと自分の不摂生へのうしろめたさが要因であり、自分の中で一定の基準があるならば、世間のイメージなどの基準があいまいなものに振り回されなくて済む、ということなのです。

 病気などの兆候を除けば、結局のところ、日常におけるコンディションというのは、自分自身で決めていき、それをもって健全か否かを自分で決めて良い・・・という話になります。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。