アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「マニュアル」こそ、現代人には必要

アラフォー童貞のODです。

 

 世の中はルールだらけです。

 法律や条例、町内会のゴミ出しの仕方、学校ではシャープペンはダメ(今でもあるのか?)、朝は9時までに出勤、並ぶときには1メートル間隔、飛び込み乗車はしない・・・数え上げたらキリがないどころか、おそらく人間の数だけのルールが存在するでのでしょう。

 

 私たちは、歩くたびに出くわすルールというものに面倒くささを感じることがあります。反対にルールに救われることもあります。

 

 このように書くとルールは一長一短があるとか、メリット・デメリットがある、と思われるかもしれませんが、ルールには一長一短もメリット・デメリットもありません。そのようなものとは別次元の、社会を成立させることだけを目的に存在しているのです。言い換えると、ルールを守らないということは、社会を成立させる邪魔をしているということでもあります。

 ちなみに、ここでいう社会とは、国とか地方だけではなく、企業や学校、職場や教室の中といった、規模も目的の程度も関係ない、あくまで人間が集まった状態を指しています。そして、ご理解しております通り、どんな小さな集団(社会)であっても、必ずそこにはルールというものが存在します。

 

 しかし、世の中にはルールを破る人がおります。それは法律に抵触すれば犯罪という扱いになり、罰則がないものであっても周囲の人たちから嫌な顔をされます。ときにはルールを破る人とル―ルを厳守している人との言い争いに発展することもあります。

 

 漫画や映画などのフィクションの世界では、ルール無視・型破りな登場人物が活躍する描写があります。ルールという自分を縛っている見えない鎖を、あっさりと砕いてしまう爽快感に憧れを抱くこともあります。現実の世界でも、例えば歴史上でも破天荒で逸話に事欠かない人物はたくさんおります。そのような人にも憧れを抱くこともあります。

 

 世の中が混沌としている時代ならば、このようなルールを破って自分の道を切り開こうとする姿勢が求められるのかもしれません。しかし、現代の日本という平和な世界においてはルールを崩してまでも、何かを変えようとする人は少ないと思います。それどころか、現状が続けばいいと考えている人たちのほうが多いはずです。わざわざ、新しい道を模索したり、自分の叶えたい夢のために現状のルールを撤回することに労力と時間をかける人はあまりおりません。むしろ、ルールも含めた現状が崩れることのほうに不安を抱いてしまうものです。

 

 このようになると、ルールというは特に現代人においては必要という話になります。それは「ルールの存在」=「現状維持」という構図が成立するからです。ルール無用な破天荒な生き方も良いでしょうが、現状維持を続けるならば、ルールを守るというのは必須要件になるのです。

 

 そして、ルールをカタチにしたものに「マニュアル」というものがあります。この呼び方が定着したのがいつなのかは分かりませんが、いわゆる「説明書」とか「手順書」とか「ルールブック」などと呼ばれるものです。

 

 このマニュアルというカタチになった途端、人々はこのマニュアルを毛嫌いするようになります。まずは「読むのが面倒くさい」ということ。それは文章を読んで理解するということだけではなく、図解していても同様です。とにかく読みたくないのです。

 それはなぜかと言うと、理解力うんぬんの話もありますが、ルールをマニュアルというカタチしたことで、今まで自己解釈や肌感覚で「まあ、こんな感じだろう」で良かったルールというものが、確定した情報として「こうしなければならない」と明確になってしまったことで、不自由に感じられるからです。

 

 人間は自由に行きたい生き物です。いや、動物であってもそれは同様でしょう。そこに、上下関係や配慮しなければならない事項が生じると、例え言いやすい環境であったとしても、多少の不自由を感じるものです。そこに、さらにその環境を成立させるためのマニュアルという確固たるルールが出ててしまうと、身動きがとれなくなったように感じられてしまうのです。

 

 そうして、一部の人たちは不満に抱き、そして「物事はマニュアルどおりにいかない」と言って強硬手段に出ます。つまり、ルールを破るということをするのです。そうして、自分の考え・やりやすい方法で物事を進めようとします。

 

 しかし、これは子どもの考えです。それは前述したとおり、ルール及びマニュアルというのは、大なり小なりの社会を成立させるためであり、それを破ってしまうというのは、せっかく成立している社会の邪魔をしているということになります。言い換えると、その社会で過ごしている人たちの「現状維持」を阻害しているということに他なりません。

 つまり、ルールを破ること、マニュアルを無視するということは格好いいことではありません。むしろ、平穏に過ごしたい人たちの環境を踏み荒らしていることにもなります。

 

 別に「マニュアルは絶対」「マニュアルを守れ!」と言いたいわけではありません。私自身、仕事などでマニュアルを作成する機会は多いですが、それはあくまで建て前であることもあります。しかし、その一方で活用できるものにしたいという想いもあります。そのためには、職場の現状や課題に適合した内容にしなければいけません。いくら私が「このマニュアルに従え!」と言っても、それを使う人たちの意向を無視しては意味がありません。それは、職場のスタッフたちに媚びるという意味ではなく、職場という環境が平穏かつ有益に成立させるという意味です。

 

 まあ、時には「マニュアルどおりにやってほしい」と思うことはありますが、それに反発するということは、何かしらの不備や納得がいかないことがあってのこととも思っております。

 しかし、反発するからには、ちゃんとマニュアルを遵守したうえで、ちゃんと課題点を提示するのが大切だとも思うのです。やみくもにマニュアルを破るのは、上記のとおり子供のやり方です。しかるべき背景や意義を伝えることができてこそ、そこに価値があるのです。

 

 とりあえず、最初から不満を言わずに、ルールやマニュアルを守ってみてください。それにより安寧を抱く人たちもいるのです。それでも不満があるならば、独りよがりに反発せず、大人の対応として話し合いで解決に導いて下さい。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。