アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「今の自分」は、自分が選択した結果

アラフォー童貞のODです。

 

 アラフォーになって分かったのは、不満というのは絶対になくならないということです。それは人よりも頑張って目的を達成したとしても、自分のダメだと思っていたことを改善してなりたい自分になっても、充実した日々を送っているとしてもです。

 何だか矛盾をしているような話ですが、これは誰でもあるはずです。1つの課題を達成したと思ったら、また新たな課題が浮上するもですし、自分の悪い点と思っていたことを改善したら周囲から「前のほうが良かった」などと言われることもあります。これは個人でなくても、ビジネスでも商品やサービスを継続的に提供していると、大なり小なり必ずあるものです。不満は絶対に出てくるし、完全なる満足というのは到達できないものです。

 

 そして当然ながら、現在の不満な自分というものを形成している要因は自分にあります。具体的に言えば行動であり、そしてさらに細かく言えば、日常における選択の積み重ねが積み重なった結果です。その選択というのは微々たるものですが、何か思わしくない結果や現状を鑑みてみると、「ああ、あのときこういう選択をしたから」とか「そいう言えば、自分が相手にこう伝えたからかも・・・」と思い当たることがいくつも出てくるはずです。

 例えば、私はアラフォーですが童貞です。アラフォー「ですが」という言い方としたのは、世間が一定年齢ともなれば性行為は当然しているもの、という認識に合わせたからです。つまり、40歳近くにもなって、女性ともお付き合いしたこともない、風俗にも行ったことのない、生の女性の裸体も見たことない、性行為もしたことのない男がこのブログを書いているわけですが、それもまた、私自身の選択の積み重ねによって形成された自分という現在のあり方なのです。

 世間が考えるように、いい大人だったら性行為の1回や2回はしたことがある自分でなりたければ、女性に声をかけてみたり、出会い系で肉体関係だけを望んでいる人にでも会えば良いだけの話です。昔に比べて出会いの場面は整っております。インターネットが発展していて、かつ出会い系アプリなどがある環境は恵まれております。

 しかし、そのような時代においても、そのようなツールを活用しない(してこなかった)という選択をしたのは自分自身です。正直、アプリをダウンロードしたあとにプロフィールを書くのが面倒くさかったり、自分の顔をネットに公開することに抵抗を感じるといったこともあり、結局は何もしてきませんでした。もちろん、意中の女性にアプローチしたり、自己改革のためにオナ禁や自分磨きに精を出したこともありましたが、それが実を結ばなかったことは、女性と何とか性行為まで至る選択をしてこなかったからに他なりません。

 

 しかし、世間様に対して申し訳ないのですが、現在では童貞であることに特に何とも思ってはいません。つまり、自分がしてきたこと、してこなかったこと、それぞれの選択に対しての後悔があまりないのです。

 

 これは現在の自分を受け入れたというよりも、冒頭の通り、必ず自分自身やおかれている環境には不満があるもの、世間の考えとそぐわないことがあるもの、ということに気づいたからだと思います。

 

 例えば「私は童貞である」という事実に対して、世間が「いい歳こいて童貞なんて恥ずかしくないのか」と言われたとしても、「今は特に・・・」という返答になります。そこで「恥ずかしい」という返答をするならば、それまで生きてきた自分、それまでしてきた自分の選択が間違いであるということを認めてしまうことになります。

 確かに大抵の選択は間違いだらけですが、そこから得られた知見や学んだ失敗もあります。そこから以降の人生に活かして現在の自分があります。それでも、「童貞である自分から脱却する」という結果に行き着く選択をしてこなかったので、私は現在も童貞なのです。

 

 何だか開き直っているように見えますが、上記でも述べたとおり、失敗も含めた選択の中で学習も経て現在の自分が構成されているのであって、世間や他人の基準に沿って自分というものを構成してきたわけではない、ということは言い切れます。

 もちろん、「童貞である自分から脱却する」という選択肢もあったことは確かです。女性に言い寄られた(と思って良いのか?)経験もありますが、そうしなかったことには当時の自分なりの意向があったはずです。その一方で、そのような脱童貞できたはずの選択をせず、別なことに興味や時間を費やしたため、現代の自分というものがあるのです。

 

 きっと、私の中で童貞であることを馬鹿にされたくなかったのならば、もっと女性に貪欲になっていたでしょう。しかし、「童貞である自分」に対して世間が知ったら色々と言うでしょうが、今の私は女性とどうこうしたいと言うよりも、もっと色々な知識や知見を得て、そして考察したり文章にしたり、色々な分野のものと掛け合わせる作業がとても楽しいのです。女性にアプローチしたり、スマホSNSをポチポチするよりも、それらが自分にとって大切なことであり、選択し続けているのです。

 

 だからこそ、別に私は童貞であることに対して、現在はそこまで何も思わないのです。特に現代においては面白いものはたくさんあります。もしかしたら、今の学生さんはエロ本やAVを貸し借りするよりも、スマホゲーでレアを当てることのほうが優先なのかもしれません。

 

 今の自分は、すべて自分が選択した結果です。

 しかし、世間が何と言おうと、他人の価値観と違っても、今の自分が好きなのであれば問題ないのです。そして、多少の不満が自分にあるくらいのほうが向上心につながりますし、不満があるというのは当たり前だと思えば、それまでの自分の選択もそれほど否定的になることもないのでは・・・というお話でした。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。