アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

「とりえ」は必要なのか?

アラフォー童貞のODです。

 

 アニメやゲームの始まりで「俺は何の”とりえ”もない、平凡な学生」といった、主人公の語りを聞いたことはないでしょうか。これは、視聴者やプレイヤーが主人公目線で物語を進行できるよう、同期・共感しやすいようにそうしていると思われます。

 

 さて、”とりえ”って何でしょう。当たり前に使っていますが、改めて考えると、正確な意味が分からないので、グーグル検索をかけて、いくつか辞書サイトを確認してみると・・・

 

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とりえ(取り柄/取り得)

 【意味】

 ・とりたてて用いるべきところ

 ・格別に優れた点、長所

 ・役に立つこと

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・・・と、大まかにはこのように書かれていました。確かに「とりたてて」と聞くと、「とりたてて何もない」とか「とりたてて目立ったところもない」という言葉も使うので、何からで人よりも目立ったところがあれば、”とりえ”があると言えるのかもしれません。

 

 それにしても、現在の自分を見つめ直したとき、上記のいずれか1つでも該当する、あるいは少しでも思い当たるところはあるでしょうか? ・・・おそらく、多くの人はすぐに答えられないと思います。このような記事を書いている私もまた、街頭アンケートなどで突然「あなたの"とりえ"は何ですか?」と質問されても、パッと出てこないでしょう。

 

 そもそも、自分の”とりえ”を意識して日常生活を送っている人は、ほとんどいないはずです。朝起きてから、夜眠りにつくまでの間に「自分の”とりえ”はこれだ!」などと、1度も考えずにその日を終えることのほうが多いでしょう。

 それなのに、その意識する機会のあまりない、ぼんやりとした”とりえ”というものに急に向き合わなくてはいけなくなるタイミングがあります。それは、上記のような他人からの急な質問だったり、就職活動における履歴書の「長所」「特技」といった自分の人間性や人より秀でているポイントを伝える場面だったりと色々とあります。そうして、このような”とりえ”や長所などに焦点を当てたとき、「自分には何もない」「自分は何て平凡なんだ」と思って落ち込むこともあります。

 

 しかし、”とりえ”って必要なのでしょうか?

 逆に”とりえ”がないとダメなのでしょうか?

 

 上記で履歴書の「長所」「特技」の欄の話をしましたが、これだって昔からありますが、管理職の立場から言わせていただきますと、「長所」「特技」で合格の可否に影響することはほとんどありません。いえ、絶対に影響はしません。

 例えば「長所:特になし」と書いていても、「特技:FPSゲーム」と書いていても、少なくとも私は何とも思いません。書きたければかけばいいですし、その内容に対して深掘りしようと思っておりません。そもそも、就職して仕事をするというのは、何かしらの決まった事業目的を達成しようとする会社に勤め、その中で自分自身の役割を全うすることです。誰も”とりえ”を発揮してほしいとは思っておりません。

 それに、辛辣なことを言いますと、どんなに”とりえ”があったとしても、それを100%フル活用できることなんてありません。何なら、50%、いえ30%もないかもしれません。そのため、仕事において”とりえ”というのは、あまり求められていないのが現実です。むしろ、”とりえ”を主張するよりも、まずは課せられた役割を達成すること、それを成し遂げるためのスキルを身に付けたり、上司や同僚の指導やアドバイスなどを素直に受け止めることのほうが重要です。「自分の”とりえ”を発揮できない、こんな会社はひどい!」なんて思っている人は、まずその誤解を取り除くべきです。

 

 とはいえ、”とりえ”は別にあって良いものです。それを自覚していても問題はありません。自分の”とりえ”を有効活用できれば、それに越したことはありません。”とりえ”を聞かれたとき、ズバっと返答できる人は芯のある印象を与えることができるでしょう。

 大切なのは、自分に”とりえ”があるか・ないかに執着しないことです。「自分は”とりえ”がないからダメ」「人にアピールできることがないから、自分なんか社会に必要とはされない」と思う必要もありません。大抵の人は”とりえ”なんて分かっていないのですから・・・。

 芸能人といった自分のアピールポイントでご飯を食べている人もおりますが、その人たちだって、たった1つの”とりえ”だけで勝負しているわけではありません。むしろ、芸能界で活躍している人を見ると、「何かこのタレントさん、楽しいよね」「この人の歌、好きだわー」とは思いますが、厳密に「このタレントさんの”とりえ”は〇〇だね」「このミュージシャンの特徴は✕✕だ」などと分析などしないでしょう。それに、芸能人だって、自分の”とりえ”だけの仕事をしているわけではなく、それどころか苦手だったり納得していない仕事だって引き受けることもあります。そう考えると、芸能人も一般の人たちも仕事や生活の考え方に大きな差はないのかもしれません。

 

 このように、”とりえ”は必要はありません。”とりえ”があれば、少し嬉しいくらいです。また、”とりえ”があるのに自覚していなくても問題はありません。”とりえ”に気づくのもタイミングです。

 ”とりえ”がないからといって、むやみに資格をとろうとしなくても良いです。興味や必要性があるならば問題ありませんが、自分になにもないと思って焦ってあれもこれもと手を出すと、それこそ”とりえ”が何かを見失ってしまいます。少し落ち着きましょう。

 自分の”とりえ”に周囲が気づいて活かそうとしてくれることもあります。その時は自分の”とりえ”自体よりも、それに気づいてくれた周囲との「縁」のほうに目を向けた方が良いです。「自分がこんな”とりえ”があったんだ」ではなく「自分の”とりえ”を教えて、導いてくれて感謝します」という姿勢が大切です。

 ”とりえ”がないまま、気づかないまま人生を終えたとしても不幸ではありません。そのような人のほうが大半ですし、”とりえ”と思っていたものに振り回されて人生を棒に振る人だっております。”とりえ”なんて言葉、”とりえ”のあるなしなんてものに右往左往していないで、今目の前にある日常を大切にしていきましょう。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。