アラフォー童貞は〇〇と考える

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「理想の男性」「理想の女性」に出会っても、行動に移せない理由

アラフォー童貞のODです。

 

 私たちはついつい、他人に対して理想を押し付けたり、期待してしまったりします。それは自分勝手で傲慢なことであるということを知っているけれど、本当についついやってしまうのです。そうして「あの人は分かっていない」とか「こっちのことを考えてない」などと、さらに自分勝手なことを考えてしまいます。

 とはいえ、理想や期待を持つこと自体は悪いことではありません。理想や期待という希望を持っているからこそ、それを活力に生きていけるし、ふとした偶然というものにチャンスを見出して成功を掴むことだってあります。問題なのは、他人に押し付けてしまうことであって、自分の胸に秘めたり、あくまで自分だけの話として語ったりする分には差し支えはないでしょう。

 

 理想と言えば、「理想の男性」「理想の女性」というものがあります。見た目、性格、経済力、趣味、社会的地位、家庭的・・・などなど、「自分がお付き合いするなら、こういう人がいい」というものです。要は自分が相手の異性に対して求める条件です。現代ではマッチングアプリなどあると思いますが、それ以前においても、出会い系サイトもありましたし、結婚相談所といったところもありましたので、形態やツールが変わっただけで、人間の文化が発展しても、なるべく自分の求める条件に合った人とお付き合いしたい、人生を共に歩みたいという気持ちは変わらないのでしょう。この考えもまた傲慢なのかもしれませんが、理想を押し付けるよりは探すほうが健全なのかもしれません。

 

 それにしても、実際に「理想の男性」「理想の女性」とやらに出会ったとしたら、その人とお付き合いできるようになるため、もっと言えば結婚までするために行動に移せるのでしょうか? ・・・私は、そうそう簡単にはいかないと思います。

 例えば、「タレントの〇〇似」「くだらない話でも笑顔で聞いてくれる」「家事ができる」等々の条件を満たして、出会った瞬間に「この人は自分の理想と考えている人そのものだ!」と直感的でもいいので気づいたとします。そうなったとき、そのあとすぐにアプローチすることができるでしょうか? 何とか接点を持とうと会話に頻繁に混じったり、帰り際に食事に誘ったり、あるいは急に「あなたは私の理想なので、付き合っていただけますか」と一気に交際を申し込むことまで、行動に落とし込めるでしょうか?

 もちろん、速攻で勝負にかけて、交際そして結婚まで至ったというエピソードは聞いたことがあります。ラブコメ漫画でも、そのような展開を見るとクスっと笑ってしまうもので、清々しさも感じます。

 しかし、多くの人は理想を抱きながらも、行動に移していないのが現実だと思います。よく「理想的な人がいない」などと言う人がおりますが、それは条件に見合う人がいないという意味もあるでしょうが、それ以上に、そのような人がいるのにアプローチしていないという側面もあると思うのです。もしも本当に理想的な人を追い求めるのならば、大企業のエリート社員やスタイルの良い異性や家庭的な人などに対して、ツテなりコネなりを駆使しして、自分自身の力で追い求めればいいだけの話です。

 

 このようなことを言うと「いや、そんなことができれば苦労しない」「そのような人は他に別の人と付き合っている」「自分なんかとは釣り合わないから」などと反論や理由付けをされるかもしれません。実際にこのようなことを平気で言う人はおります。それは恋愛や結婚の話だけでなく、ビジネスでもプライベートでもです。

 これは理想は高いけれど、そこに向かうための苦労を惜しんだり、別の人がチャンスを掴んでしまっていると決めつけたり、あまつさえ、自分自身を低い存在のままにしているという話です。これこそ本当の傲慢な考えと言えないでしょうか。

 

 また、祭りは準備期間が楽しいのと同じように、自分が付き合いたいと思う理想の相手を探しいている間が楽しくて、そのステージに居続けたいという現状維持な思考もあるのだと思います。

 何かを追い求めているときは楽しいですし、ぼんやりとした理想に胸を膨らましたり、現実になったときの妄想をしているという、自分の脳内の世界でいるときが楽であり充実している(ように感じている)のです。もしも、理想にで出会ってしまったら、その時間は終わってしまいます。

 理想に出会って、それを実現しようと思ったら別のステージでの頑張りが必要となります。さらに理想を実現してもまた、新しいステージが待っており、そこでもまた努力や苦労をしなければなりません。このような理想から現実に向けた適応性が必要となるのです。

 

 このように、私たちは理想や期待という自分勝手な傲慢さを抱きながら、今の自分の場所にいたいから、いつまで経っても理想は理想のままとして、実際に目の前にチャンスが現れても理由付けをしては見送ってしまうのです。それは無意識でやってしまっていることだと思いますが、新しい自分になるための扉に怯えてブレーキを踏んでしまっている状態でもあるのです。

 

 何も理想を実現することが大切だ、理想を叶えるために努力は必要だ、なんて言いたいわけではありません。それこそ他人への押し付けになります。しかし、もしかしたら理想を叶えたいのに、頑張っているのに何故かそれが実現しないのは、頑張り方が違うということともに、心のどこかで「変わりたくない」という思いがブレーキをかけてしまっている可能性もあるかもしれません。そしてそれは、人間にとって誰でもある当たり前のことであり、それでも前に進みたければ、まずは「変わりたくない」という自分がいるかもしれないことに、目を向けてみるのも必要かもしれません。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。