アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

照れながらでもいいから、子供と「性」について語り合う

アラフォー童貞のODです。

 

 一時期、いわゆる「オナ禁」というものしたことがあります。きっかけは当時1日何回も自慰・射精行為をやっていたことから「自分は臭いのでは・・・」ということが気になり、体臭改善の一環として始めました。そしてオナ禁のモテ効果やら人生が良くなるやらという真偽が不明な情報に振り回されつつも、半年以上の禁欲生活を行いました。そして、このオナ禁に取り組み始め、色々と調べている過程において「性」について振り返る機会が幾度かありました。

 例えば、それは自身の性癖やその原点を探る自分探しの旅にもなりました。引きこもっていたときに欲情していたのは、いわゆるロリ系やアニメ系だったのに対して、社会復帰してからは年上・熟女・人妻・OLといったポルノに傾倒しておりました。それぞれは両極端ですが、前者は社会の誰にも相手にされない自分の慰めとして、そして後者は同僚の女性の影響が強いと思います。ポルノ1つとっても、そのときの環境というのは自分の性に影響を与えるということに気づかされたり、同時にどのように影響したとしても、そのニーズを簡単に満たしやすい時代でもあるということを再認識できました。

 また、上記のとおりオナ禁という分野1つとっても、各専門家が禁欲や自慰に対して色々な見解を発表しております。禁欲における異性や肉体への有用性を科学的な理論で展開しております。その一方で、泌尿器科などの医学的な観点からは自慰行為は適切に行ったほうが良いと説明し、実際に性機能障害の治療にも活かしております。ここでは禁欲と自慰行為のどちらが有用かの見解が正しいのかは割愛します。(というか、このテーマは目的や視点によって変わるので「どちらが良いという正解はない」というのが私の考えです)

 

 それにしても、ネット上や書籍では色々な視点での性の考えに触れてみましたが、1つ腑に落ちないことがありました。それは、こんなに性というテーマに対して様々な見解が出たり討議されたり、実際の臨床の場でも活用されているのに、それらはすべてアングラな位置的な話になっていることです。これは言い換えると、日本は「性」についての話をしないということです。ハッキリ言うと、日本は「性」という話題を避けてしまっているのです。

 しかし誤解しないで欲しいのは、完全に見て見ぬふりをしているわけではないことです。むしろ、多くの人は「性」への関心が高いようです。実際、ユーチューブで「コンドーム」という単語を入れるだけで、コンドームの付け方ひとつで多くの動画が投稿されております。中には415万回以上再生されております。そのくらい、コンドームの付け方1つでも関心の高さが伺えます。おそらく、幾度も再生された方もいると思います。

 

 このように書くと、コンドームの付け方が気になるのは、思春期のやりたい盛りの学生だろうなどと邪推されるかもしれません。そして、当然ですがコンドームから性行為を連想できますので、それに対していやらしさを感じる人もいるかもしれません。しかし、性教育というのは社会における将来性は大きく変わると言っても過言ではないくらい、重要なことです。その1つである避妊具のありなし、正確な付け方を知っているか否かで1人以上の人間の人生が大きく変わってしまうこともあります。性教育という言葉、コンドームという単語に対してニヤニヤしている場合ではないのです。

 

 では、なぜ日本がここまで「性」の話をしないのでしょうか?

 

 少し前に某アニメで、ヒロインとその母親のやりとりで日本人らしい描写がありました。それは母親が「で、もうヤッた?」とヒロインに聞いてきて、それに対してヒロインが「おい! 親!」と突っ込むのです。(何のアニメかは割愛しますが、少し前に終わった作品で原作も連載中なので、分かってくれたら嬉しいです)

 確かに「ヤッた?」という親の聞き方もアレですが、ここでヒロインが照れるという描写にするのは日本らしいと思います。国によっては、親に付き合っている異性と性行為をしたことをラフに話し、親から「そう、避妊はちゃんとしなさい」とアドバイスするというのが日常ということもあるそうです。もちろん、子(親)離れできない家庭や宗教的に厳格な家庭もあるため、すべての家庭が性に対してオープンというわけではないでしょう。しかし、それにつけても現代において日本における性教育、性への話題のしなささは他国と比較しても異常と言えます。だからこそなのか、男性の育児に関わる時間が先進国の中でもかなり低い、ということにもつながっているのかもしれません。

 

 長々と語りましたが、一言で言えば、

 日本人は「性」という話題に対して慣れていないだけ

 ・・・ということです。

 

 別に他国のようにオープンである必要はありませんし、親に対して友人のように相談できる関係が良いという意味でもありません。しかし、いざというとき子供から性に対して相談されたときは、照れながらでも良いので真剣に話すべきだと思います。下手に抽象的に伝えるほうが子供にとって危険になりかねません。

 

 ちなにみ、私はアラフォー童貞ですが、かつて知り合いの中学生の女の子から避妊具について相談されたことがあります。仕事でスタッフから相談を受ける立場にあったので、相談やすいと思ったのでしょう。別にお付き合いしている男の子がいたわけではないけれど、年頃であることと、学校での性教育だけでは意味不明だったようで質問する相手を探していたようです。

 お気づきだと思いますが、童貞が性について相談に乗ったのです。それでも、大人として真摯に対応したつもりでした。ここで下手に抽象的な説明をするよりも、あくまで知識として、なるべく平静に考えを伝えました。それにより、性を語ることは恥ずかしいことではないことも理解してほしい意図もありました。

 

 「教育としての性」をニヤニヤしたり恥ずかしがること自体が恥ずかしいことです。しかし、それが日本の現在ですが、慣れていないことに対して「慣れろ!」と国を挙げて言うというのも難しいと思います。だからこそ、1人1人が子供に伝えるときには照れながらでもいいから真面目に教えるべきであり、それにより子供たちを守れると思うのです。童貞だって、これくらいは考えます。

 

 日本でも性教育が当たり前になれば、性を語ることがオープンになれば、性に関する各研究だってもっと進展すると思います。もしかしたら、オナニーについても性教育として「〇日に1回が適切である」とか、筋トレ後のプロテインのように「筋トレ後は〇時間は射精は控えると良い」などという研究結果も公表され、それがゴールデンタイムのバラエティなどでも取り上げられたら、もっと面白い世界になるのではないでしょうか。

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。