アラフォー童貞は〇〇と考える

アラフォー童貞が仕事、時間、性など考えたことをまとめています。

生活水準が下がるのは「没落」なのか?

アラフォー童貞のODです。

 

 かつてはメディアで取り上げられ、テレビ番組でも引っ張りだこだったタレントさんが、ぱったりと姿を見せなくなることはよくあります。そして、その後の姿をマスコミが追うと、人気絶頂だったころは豪邸に住んだり高級な車に乗ったりしていたのに、今は質素な生活をしている・・・なんてこともあります。

 それをマスコミは「かつての人気絶頂からの転落人生」とか「悲惨な没落っぷり」などと、面白おかしく囃し立てます。ワイドショーや週刊誌が大好きな人であれば、それを見て「あんなに落ちぶれちゃって」とか「調子に乗って失敗したのだな」とか「人間、やっぱり地道が一番だ」などと好き勝手に思うのでしょう。

 

 しかし、かつて大人気を誇った人が、現在は質素な生活をしていることの何が問題なのでしょう? そして、それは果たして「転落」「没落」したのでしょうか?

 

 そもそも、現状維持すら困難なのが現実なのに、一度火がついた人気というものを維持するのはかなり難しいことだと思います。これは芸能という業界に限らず、スポーツであっても、ビジネスの世界であっても、学術といった分野であっても同様です。人気という言葉を「成績」「売上」「研究成果」などと置き換えれば理解できると思います。

 その大会で金メダルを取ったからと言って、次の大会でも金メダルをとれる保証はありません。今年度の売り上げが良かったからといって、翌年も同水準を維持出来るとは限りません。誰もが納得する科学的根拠をもった研究結果が、翌日に覆す人が現れることだって、ないとは言い切れません。

 その後、競技の世界から身を引くこともあれば、事業から撤退することだってありますし、研究費用が底をつきプロジェクトを閉鎖することもあります。

 

 このようなことは、どの業界でも、あちらこちらで起こりうることです。改めて確認しますが、こういったことは果たして「転落」なのでしょうか? 「没落」と言ってよいのでしょうか? ・・・私は自然なことだと思います。

 

 『盛者必衰の理』とでも言えば良いのでしょうか、それともバイオリズムとでも言えば良いのでしょうか、ハレの日ケの日とでも言えばよいのでしょうか、言い方は様々ですが、要は1人の人生においても、社会全体においても、業界全体であっても、浮き沈みというのは必ずあります。

 

 そして、人間も業界も社会も、そのときの状況に合わせた生き方をせざるを得ないのが生きるということです。つまり、かつては人気絶頂で豪勢な生活をしていたタレントさんが、今は質素な生活をしていても、何も不思議ではないのです。生活水準を身の丈に合わせるのは、ごく自然なことなのです。マスコミは何をさわいでいるのだ、と言いたいところですが、ゴシップというものが世間でニーズがあるから、「転落」だの「没落」だのと騒ぎ立てるのです。それもまた自然なのかもしれません。

 

 大切なのは本人の気持ちです。かつての人気に引きずられて、今の自分が嫌いならばそれは仕方がない話です。一方で、どんなにマスコミが「没落」と囃し立てていても、「今の生活のほうが落ち着いている」とか「引っ張りだこで忙しかった毎日も楽しかったけれど、今も満足できている」と思えるならば問題ありません。周囲がネガティブな印象をもったり、かつてのファンがガッカリしたとしても、気にする必要はないのです。

 それに、生活水準を上げたいならば、それなりに努力が必要です。これも芸能関係だけでなく、すべてに置いて言えることですが、「金持ちになりたい」とか「モテたい」とか言っている暇があったら、少しは勉強をするとか、人のアドバイスに素直に従ってみるといった姿勢をもつべきです。現状から脱却できていないのに、良質な暮らしや評価を求めるのはお門違いというものです。

 

 以上のように、ワイドショーや週刊誌のタイトルで、著名人の「転落」とか「没落」とか言うキャッチコピーを見たら、「ああ、またこの手の話か」「マスコミも暇だな」と思って、その手の情報には目を向けないことをお勧めします。なぜならば、誰も転落していないですし、没落もしてはおらず、ただ本人や社会の現状に合った自然の流れで生活を形成しているだけなのですから・・・。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。